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ウィンク・キラー

2015年06月17日
「ウィンク・キラー」がいいから。
っておすすめいただいたので、早速『Flapper』ってアルバム買って聞いて(見て)たら、涙出てきた。
私が生後二ヶ月の頃のライブで、こんな感じかぁ・・・。
『Flapper』自体は私が産まれる1年ぐらい前のアルバムですね。

うーーーーーーーん・・・・・・・!!!!!!

久しぶりに言葉にならない。
あぁいう時代を経て、トラムに立ってるの?
満月の夜の夜叉!
こわい。


20年、生まれた時代がズレて、今は同じってことに感謝かな。
今しかない、っていうタイミングはしっかり掴んだとは思う。

今後、20年、私の方が長生きする覚悟をきっちり積み上げていきます。

6/16 草枕

2015年06月17日
トラムの良さは小劇場なのに高さが出せるところだなぁ。
小泉今日子置いといて、冷静に、ほぼほぼ劇場のど真ん中から、全体をスッキリと見渡せました。

やだ、なんだろ、改めて、すごい、良い芝居だわ。

シスのプロデュース公演らしいです。
っていうのはイコールで北村明子さんらしいってことでいいのかもしれないな。そうだもんね。
ロビーにいる北村さんと、この芝居が持ってる雰囲気比べてみてくださいよ。

被るから(笑)

演劇の面白さ、演劇の力を信じる思いが根底にあるのが、わかるお芝居。
空気が凛としてて、綺麗。
遊びはあるけど、無駄はないしね。



今日、画工と一緒に歌舞伎や能狂言の世界に美を求めて旅するような感覚になれたので、すっごい気持ちよかった。

話の流れに合わせて丁寧に光を当ててるのもよーくわかったし、少し劇画化されたモノトーンの美術が戯曲の跳ねた感じと落ち着きにマッチしてるし、小泉さんがちょっと強すぎるかな?と思ったぐらいで、あとの役者さんは落ち着くばかりでブレないし、あぁ気持ちがいい!!

初日とは違い、ちょいちょい戯曲読んでから2回目を見たせいか、なんていうかこれをただ難しい話と言ってしまったら、もったいないなと。
このくらい跳んでないと、戯曲なんて面白くないわな。


汽車に象徴される「現実」「現代」に対する憂い、憐れを小泉今日子に背負わせて、そこで「美」を見せるなんて憎いことをしておられる。
あんなちっこいのに、この人には、北村さんが書いた世界を背中だけでこちらに見せる、そういう深さや広さや透明さがあるんだよなぁ…
改めて掴みきれない小泉今日子に喜びを感じつつ、困ってしまった。



もう最近困りまくってるから、これ以上困らせないで(笑)

6/5 草枕

2015年06月05日
「この腕、青磁の皿に盛りましょうか。」


扇田さん。
扇田さんがお好きかどうかはわかりませんが、またひとつ素敵だなと思えるお芝居が幕を上げましたよ。

地元の街中をiPhone片手に歩いていて、見る必要もないのにページを開いたTwitterで扇田昭彦さんの訃報を知った。

…え?

と、ただその場に立ち止まった。

ご挨拶だけはしたことがあったかもしれない(もちろん向こうは覚えていない)、でも、とにかくこの10年、何度も何度も何度も劇場でそのお姿を見かけた。
色んな演劇を見てみたくて、なんだかんだ手元に集まったNHKが放送した舞台映像には、芝居が始まる前に扇田さんとゲストとの対談があって、単語や人名、劇団名、色々わからないことだらけだったけど、演劇に詳しくなりたくて、わからないながら話に耳を傾けた。
野田秀樹に出会った野田地図第10回公演『走れメルス〜少女の唇からはダイナマイト!〜』のパンフレットの中で野田さんと対談をしていたのも扇田さん。
ひねくれ者の野田さんが扇田さんには、一目置いているのがその対談からもわかったし、そんなことは抜きにして扇田さんは穏やかで、芝居に対してとても的確だった。
このとき手にしたパンフレットには、今、野田さんにいただいたサインが入っている。
私の宝物だ。

亡くなってからでは遅かったけど、亡くなってしまったから、扇田さんの著書を手に取った。
60年代の唐十郎や寺山修司を追体験させてもらった。
観たくても、産まれてないし、観られなかった演劇を教えてもらった。
言葉にして書き留めてくれたから、その時代の匂いを嗅いだような心持ちになれた。
これからもきっとことあるごとに扇田さんが残した演劇への言葉に触れるんだと思う。

演劇を観ていく者の端くれとして、その愛情とか、公平さだとか、やっぱり愛情だとかを、私もまた心の中に持っていたいです。

ご冥福を心からお祈りいたします。

そして、私は私が観た舞台を、劇場という空間で、時が流れ、消えゆく定めの芸術が、一体どんなものだったのかを、私なりに書き留めておこうかな。

満州の先には『エッグ』がある。
人が現実という汽車に乗せられ、均一の速度で移動し、個々を失い、番号になった先には『エッグ』がある。
『草枕』の戯曲が載った号の悲劇喜劇の特集は「演劇と戦争 いま思うこと」でしたよ。

いっぱいね、『寿歌』、『寿歌』って北村さんの名前と共に「明るい虚無感」って扇田さんの本の中に書いてあってさ。
「あぁ、あの『寿歌』を書いた方だもんな」と思って見ていたわけですよ。
『寿歌』では核戦争後の荒れ果てた世界に生き残った人が描かれていて、じゃあ『草枕』は?って思うと、こういうことかな?って。

北村さんは、漱石の草枕の世界と今を綯い交ぜにして、混ぜたことで、「今」を浮かび上がらせた。

危機感。

これ以上向こう側に進まないようにする強さはどこにあるのか。
強さの前には誰かを憐れむ心がある。
その憐れむ心が持てたとき、その心を向ける相手に見せる顔は、自分が自分で持てばいい。
そこに「美」がある。

だから、卓も、那美も、小泉今日子も、最後、私たちには背を向ける。
こちらは向かない。
「美」は己で持て、と。

そんなことが、段田安則演じる美を探す画工と、その画工が逗留する宿の若女将、那美(小泉今日子)、満州へと招集される久一(山田悠介)やら、浅野さんの5役かな?演じ分けやら、住職の大徹(春海四方)やらの登場人物がいる中で語られていく。

小泉さんは、その顔が、一向にして定まらないところが素敵。
画工が追い求める美がなんなのかわからないように、那美も画工の前で次々と顔を変える。
妖艶、無邪気、狂気も孤独も内に宿し、詩的で知的、でも可愛いの。
ふふっ、小泉今日子でしょう。

和装でよかったなと思いました。
腰が据わって、重心が下がるからか、舞台の上での佇まいが物凄く落ち着いたように感じたし、だから歩き方も、立ち止まった姿も綺麗だった。

この『草枕』で舞台女優の小泉今日子は一度、ある一定の地点に到達するのではないかと、キャストが発表された時から思っていて、それはやっぱり確かだろうなと。
第一声で段田さんに負けてないのも、大したものだと上から目線で褒めたくなるし、佇まいだって変幻自在の浅野和之に立ち向かえてるよー。褒めたいー。だって素敵だもーん。

到達したら、この後しばらく舞台やらなくなっちゃわない?って思ってなんか寂しいんだけど、2年に1度ぐらいは、武者修行に出てきてくださいませ。
酸いも甘いも噛み分けたからこその凛とした姿は、いまの私の憧れです。
若い男に「死んでおいで。」と言えてしまう女。
いい女だな。

こんな大好きな小泉さんだけでなく、段田安則と浅野和之を同じ舞台で観られるなんて、贅沢だなぁと野田ファンはしみじみと思いました。
画工が度々、誰に向けるでもなく発する言葉の先には、おそらく私たちがいるわけで、そういうところからも警鐘を鳴らすお芝居だと感じられるけれど、その音の中には軽さもある。

シーソーみたいに揺れ動くシリアスと笑いのバランスを操るのが浅野さん。
そこにひょいと乗ることができる段田さん。
日本演劇の宝っす。
ええもん、観させていただきました。
洒落たおじ様たちです、本当に。


「この腕(かいな)、青磁の皿に盛りましょうか。」

この台詞聞いて思わずニヤけました。
画工と羊羹と那美の艶っぽいやり取り。
相手がこう来たなら、私は更に。と躊躇なく速度を上げた那美の言葉の速さがたまらなく好きだった。
スピード出せる小泉今日子が好き。
さすが元ヤン。


扇田さんが観てきて、私が観られなかった舞台はたーーーーーくさんある。
これから先、私が観る舞台は全て、扇田さんが観たくても観られなかった舞台になっていく。
死んだらこの世の舞台は観られないのかなぁ。
死人特等席とか実はないのかなぁ。
あるかどうか現時点では定かでないので、生きてる間は、とにかくちゃんと観ていこうと思います。

そんな思いで『草枕』。
「智に働けば角が立つ。情に棹せば流される。 意地を通せば窮屈だ。兎角にこの世は住みにくい。」
だってさ。
住みにくくとも、生きてると芝居観られるしね。
美を追い求めなければ。

宮崎観光

2015年05月16日
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宮崎の観光記録もー!
いや、ほんと、空港到着から、いやもう、羽田から?いやいや、便決める辺りから?
あ、ホテルの予約も?翌日の観光も?なんだろう、ぜんぶ?ぜんぶだね!
おんぶに抱っこで、いろいろ周りの方々が手配をしてくださいました。
みなさま大変お世話になりました。多謝。(ぺこり)

まず東京で一人暮らし、実家宮崎、前倒しGWで里帰りする友人と同じ便で空港到着。
便合わせてくれたのー。
そのままお母様が迎えに来てくださり、車でホテルにチェックイン。
行った方は特にわかると思いますが、車で送っていただけるなどVIP待遇。
ちなみに部屋は前乗りしていた緒月ファンの知人がツイン取ってくれていて、ここでも人任せ発揮。

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開場まで小一時間お茶するぐらいの時間はあるね〜ということで、そのままホテル近くの喫茶店に連れて行っていただき、のんびりコーヒーとクッキー。
友だちのお母さんともお話できたし、なんか気候も良いしでまったりしちゃって、この時点でもうだいぶ満足。
なんなら、そのまま友だちの家に押し掛けて、お父さんにも挨拶したり、夕飯ご馳走になったりしてもいいんじゃないかという気持ちに。


ん?あ、ちがった。
緒月さんのディナーショー観に来たんだっけ、わたし。
そーだ、そーだ。


危うく宮崎に来た理由をのんびりトークと美味しいコーヒーで忘れるところでしたが、すんでのところで思い出し、会場まで送ってもらいました。

<ランチ>
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<ディナー>
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食事はこんな感じ。
ランチは緒月さん、テーブルに残されたデザートの86に思いきり反応して、「これね。86ね。」とドヤ顔していきました。

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その日はまぁお腹もいっぱいなので、地ビールと地元っぽいお菓子だけ買い込んでホテルでバリバリポリポリ飲んで食ってたら、蒼の乱の舞台挨拶のチケット販売があったの情報キャッチしきれず、新宿で生天海の機会をみすみす逃しました。
バリバリポリポリしてっからだよ。

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さて翌日!
私たちのための奇跡の86レンタカーで(また)迎えに来ていただき、行くぜ!宮崎観光!
まずは鵜戸神宮。

「運玉ってのがあってね。願い事しながら、それを投げて水のところに入れるの。(カメラロール見せながら)ほら、松雪さんも鵜戸神宮来て、運玉投げてたんだよ。」

と、松雪ファンの友人地元民に昨日喫茶店で画像見せられた、松雪泰子も訪れた鵜戸神宮!!

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波がそこそこ打ち付ける断崖絶壁の中に神社があり、でも伊豆とかあぁいう雰囲気とは違って、周りの草木が南国テイストで、いってみたらヤシの木とシダ植物で南の土地に来ているのを実感。
実際には「松雪泰子!」とは言わず「船越!船越!片平なぎさ!」と連呼しながら橋を渡ったり、階段降りたり、運玉投げたりしました。

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誰も見てくれなかったけど、私、一投目で運玉入れたんだよ。
ちゃぽん。
って、入ったんだよ。
でも、投げるのに必死で願うの忘れたよ。
むしろ、運玉入れ、って願ってたよ。

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お昼の前にサンメッセ日南に寄り、イースター島から正式に許可され作られたモアイに出会う。

モアイ、ね。

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軽い丘登り。
頂上までは行かずに、高台から眺める景色を堪能し、次はお昼ご飯〜〜。

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事前に調べてくれていた、えぷろん亭、へ。
日差しが差し込む一軒家風のアットホームな内装に、海に面したソファー席。
贅沢なり。
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海鮮丼頼んで、三人でチキン南蛮分けました。
美味い。
清々しい。

ほどよくのんびりした後、青島へ。
鬼の洗濯岩、青島神社。
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ど定番観光地と美味しいモノを詰め込んで、帰途。
ラジオから流れる「RIDE ON TIME」山下達郎が旅行気分を昂めてくれ、にくい。
天気にも恵まれ、ひとつの時代を一緒に駆け抜けた同期ファンと、走ってた時代にちょっと戻れたような、楽しい観光も出来た。
東京・大阪開催でなくて、よかったなって。
普段の居場所から離れた土地に行った時の開放感があってよかったっ。

私よりも早い便で帰る二人は空港へ。
運転、諸々、本当に有難うございました。
とっても楽しかったです!

私はもう少し遅い便だったので、宮崎駅で降ろしてもらい、同じ便で帰る知人と共にお茶して一服。
その間に必死に食べログ検索して、駅近の良いお店を見付ける。

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粋仙さん

宮崎駅から徒歩5分ほど。
高架下にあるぱっと見プレハブに近いというか、そんなお店なのだけれど、開店早々17時に伺って中に入るともうカウンターでおっちゃん二人が飲み始めてて、テーブルにも数組お客さん。
若い男性スタッフがキビキビ働き、木場勝己にワイルドさを加えた、私好みのマスター(推定56才)が炭火で地鶏に火を入れる。
調理しながらも、予約の時間、配席、組数なんかが頭に入っているようで、パッとスタッフに指示。

このマスター、仕事ぶりもめっちゃイケメン。

『喋りたいなぁ〜、いつ喋りかけようかなぁ〜〜?』と機会を伺っていたら「どこから?」ってマスターから聞いてくれたので「千葉!」と元気良く返答。

「今日は予約のカウンター、向こうまでみんな県外だよ。食べログ見て来るね、みんな」
「うん、見た(笑)この地鶏焼きはなんでこんなに黒くなるの?」
「炭火で焼くからね〜、その煙っていうか、それで黒くなるんだ。朝シメの鳥仕入れてるから生でも食べられる鳥だよ」

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ササミの刺身やらも食べたけど、鶏肉って生ではあんまり食べられない。
地鶏焼きは、特別柔らかいかっていうとそういうんじゃなくて、硬くはないけど弾力があって、そのままずっと噛んでても鳥の旨味が消えないのに驚いた。
美味しい鶏肉ってこういうものなんだろうな。
中がピンクなのがわかる半生ぐらいの火入れだし、だからもちろんパサパサなんてしてないし、炭火の香り、香ばしさと相まってずーっと口の中が美味い。
美味しいものを食べている時間て本当に幸せ。

せっかくだから普段飲まない焼酎いってみよう!とメニューとにらめっこしてたら、お兄さんが飲み易いのをちゃんと勧めてくれて、その土地らしいお酒も堪能し、〆に冷汁もきっちり食べて、お店をあとに。

「ごちそーさまでした。美味しかったです!!」
「おう、また来なよ!」
「うんー!宮崎楽しかった!また来たいっ。ご馳走様でしたっ。」


マスターの「また来なよ!」で、この宮崎訪問一番のキュン頂きました。







緒月はどうした。



以上、宮崎観光レポでした。

緒月遠麻ディナーショー

2015年05月15日
はらちゃん、全部見終わったので宮崎の話でもします?
あ、『泣くな、はらちゃん』これは見た方がいいです。
7、8、9、10話と越前さんの気持ちになったり、はらちゃんの気持ちになったり、百合子さんの気持ちになったりしながら、こんな世界でごめんね、だけどありがとう…って、ずっと泣いてたら終わりました。

胸がチクチク。
両思い。だけど、両切ない。

はらちゃんは、知りました。
片思いは美しいものだと。
はらちゃんは、知りました。
世界のほとんどは片思いでできていると。
はらちゃんは、知りました。
越前さんが自分ではない別の人を好きになっても、それで越前さんが幸せなら、自分も幸せだと。
それを愛を呼ぶのだと。

そう言われると、愛かも、って少し思ってね。

宮崎行くの面倒臭かったんですよ。
飛行機好きではないし、せっかく行ったことのない土地に行くのに、その日一日のランチとディナーはフレンチのコースになっちゃうわけで、チキン南蛮とか出てこないし。

チキンなんばーーーーーーーん。

一目でも会いたいと思うのは恋かもしれないでしょう。
会えなくても、たまにとっても憎らしくても、それでも、何が何でも幸せに…と思えたら、もう愛じゃない?

会えないなら会えないでいいと思ってる。
いや、正確に言うと、そう思いたい。
まだ100%そんな風に思えてはいないよね。
ただ絶対に嫌いにならない人だというのは決まっているのだ。



だけど…宮崎楽しかった!
行くまで本当面倒だったけど、いざ降り立ったらとっても良い土地だった!
そして同窓会みたいでした。
真波さんのファンにも会えたし!
懐メロコーナーでいきなり「学園天国」歌われて、私のテンションがキョンキョンで方向性を見失ったりしたことも含めて楽しかった。

生バンドも入り、思っていたより構成もちゃんとしていたし、ゆきのさんが、
「きたろーの主演が見たかったから…(涙)」
って泣いてくれたところで、私も一番涙が出そうになりました。
真波さんは相変わらず、緒月さんの前だと朴訥ひらがな喋りで、そのくせ踊り出すとただのイケメンを遥かに超えてイケメンだし、私はそんな真波さんが大好きだし、そんな真波さんの隣にいる緒月さんが大好きだし、ももこさんも楽しそうで。
素敵な同期に、素敵に愛されているのがひしひし伝わってきて、これだけ愛される緒月遠麻本人もやっぱり素敵なのだと再認識。
何度も何度も繰り返し確認してきたことを、また宮崎でも。

あと、もうファンはそこを含めて、納得するなり、整理するなり、スルーするなりしていくしかないのだと思いますが、本人の受け身の姿勢のまぁ揺るがないこと!
ディナーショー開催に踏み切ったのも、ゆきのさんたちに言われたからだし、5月に入って事務所が決まり表にも出てくる気もゼロではないのはわかったけれど、「私は女優として生きていく!」って強い意志なんてなさそうだし、あってもなんか不思議だし…

この方はこういう方!!!!!!

と何個も!付けて、これからも過ごしていく。
私とは諸々が根本的に違う。
でも私にとっては、

芸能活動を続ける=芝居を続ける=こちらに思いを向けてくれている

なので、中途半端に向けられるぐらいだったら、いっそ何もない方がマシ、とか思うから、だから宮崎行くの面倒だったんだと思う。

でも表に出てくるなら愛だから応援するし、味方でいるし、出てこないなら出てこないでいいし、でもどっか道端で困ってるところを見掛けたら、愛だから絶対に助けるし。


私の思いも世界を作る美しい片思いのひとつに。


ってことでどうよ。
初主演おめでとうございました。

泣くな、はらちゃん

2015年05月12日
脚本家・岡田惠和氏のおかげでテレビドラマが、私の中で盛り返すように面白くてたまらなくて、思わずブログ更新。
テレビドラマが面白いっていうか、岡田惠和が気になる、っていう方が正しいかもしれません。
あとは『あまちゃん』の宮藤官九郎なのですが、今日は宮藤さんは置いといて岡田さん。


『泣くな、はらちゃん』

を今現在6話まで見ましたが、

これ、ものすごい。

です。

かまぼこ工場に勤める越前さん(麻生久美子)が日々のあれこれストレスを吐き出す為に描いていた漫画の主人公はらちゃん(長瀬智也)が、ある日、自分の目の前に現れる。漫画の世界の人なので、こちらの世界のことを全然知らないはらちゃんと、はらちゃんを作った、いわば神様的存在の越前さんとのラブストーリー。


ということで、矢沢あいが須藤晃と恋愛するようなドラマなので、そもそもの設定は荒唐無稽。
でもその先のリアルと心の揺れを書くのが、岡田さん、とても上手い。
そして、その荒唐無稽さ、、、つまり想像、物語を用いて、人が生きていくことの切なさ、愛しさ、悲しみを照らす。
ファンタジーを通して現実を浮かび上がらせるわけだな。


人が生きて死ぬことを描きたいなら、ファンタジーな部分は排除して、それこそリアルな人間ドラマを描けばいいのかもしれない。
でもそうはしていない。
だとしたら、なぜ、漫画の登場人物が現実世界に現れるなんていうファンタジーが必要なのか。

はらちゃんは、犬も、猫も、カメも、かまぼこも、片想いも、両想いも、車も、死も、ちゅーまたの名をキスも、えびピラフも、コーヒーも、、、知らない。
だけど、神様=越前さんの幸せの為ならなんでもしたい。する。
越前さんがイライラしたりして不幸だと、自分の世界が暗いままだから、なにより越前さんが大好きだから。


これは何ですか?
これはどういうことですか?


知らないこと、わからないことに出会うたび、はらちゃんは現実世界の人に素直に問いかける。

あれ?そう問われたらなんだろう?
わかってたつもりだったけど、じゃあ、なんて答えればいいんだろう?
どう言葉にしたらいいんだろう?


私たちもわかってなかった(笑)

だから、はらちゃんと一緒にもう一回考えて、なんとなくわかったような…やっぱりよくわかんないけど、でも、はらちゃんたちと一緒にもうちょっとだけ考える。
答え、ないわ。
でも考える。

そういうことが、架空の物語の世界を通したら、出来る。
現実を現実のまま描くよりもスムーズに。


はらちゃんのことをよくわかんないヤツながらも、いい奴っぽいから、距離を取りつつ優しくしてる、越前さんの周りの人たちの描き方も好きだ。
ドラマとしても絶妙な距離感だと思う。
あまり優しくしすぎても気持ちが悪いし、でも得体が知れないと邪険に扱うというのもリアリティはあるかもしれないが、あたたかさに欠ける。
この辺の人と人との距離感覚が岡田さんのドラマが好きだと感じる理由のひとつだと思う。


これから先のお話でどんなことが待っているのかまだわからないけれど、5話「もう会えないの?」の衝撃が強くって…。
だって“人が死ぬこと”と“両想い”を同時にあんな形で見せられたら、もう、心ざわざわしますって。
ドラマが好き、お芝居が好き、って改めて実感してしまうって。


「死」「海」「ファンタジー」「神様」「家族」

辺りは岡田惠和脚本をより味わうキーワードになるのかも。

漫画の登場人物に愛情を注ぐ越前さんは、そのまま自分のドラマの登場人物に愛情を注ぐ岡田さんのちょっとした分身、、、(麻生久美子の方がめちゃくちゃ可愛いけど、そもそも性別からして違うけど)、、、みたいに思っていてもいいのかな。

漫画の中の登場人物が死ぬ理由は二つ。
ひとつは漫画の中で殺されること。
もうひとつは漫画を描かなくなること…つまり忘れられてしまうこと。


なにがどうしても、私も岡田さんが描いたドラマの中の人が大好きなので、きっと岡田さん自身は忘れないんじゃないかな?と思いますが、微力ながら私も忘れないでいることで、死なせないよと。

長生きしてきましょう、えぇ。
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