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7/19 SISTERS

2008年07月20日
疲労困憊。

2008年7月19日『SISTERS』@PARCO劇場

作・演出:長塚圭史
出演:松たか子 鈴木 杏 田中哲司 中村まこと 梅沢昌代 吉田鋼太郎


えっと、これは・・・とりあえず、

なんで?

なぜ、こんな題材を扱った話を書いて、
演劇として上演するのか。
演劇として面白い作品だったけれど、
演劇として上演する意味が私には良くわからなかった。

見終わって、重さに耐え切れず、苦笑いですよ。

ブログには書きにくいことを、思いっきり扱った作品でありまして、
えーっと、まぁなんつーか、

永遠の仔

ですね。まぁ、近親相姦だ。

私が永遠の仔を読んだのは、ついこの間で、
まだその重さと生々しさが残っていたらしい。
小説を読んだ時より鮮やかに、その重さと、生々しさを感じてしまい、
見終わったら、お腹の中になんだかとても重い空気が溜まっていた。

私が今まで見てきた芝居の中で、一番重たい。

永遠の仔は同じ問題を底辺に抱えながら、
最後に「でも、生きていていいんだ。」というメッセージを残して終った。
救いがあった。
でも『SISTERS』には救いがない。
こういう題材を扱って、救いを描かない理由って何?
何のために、この題材を選んでるの?

こういう部分と切り離して、演技や演出を見る。
これは素晴らしい。
舞台美術も、その使い方も、光の見せ方も、
そして何より役者さん達の演技も、どこをとってもすっごく良い出来。

ホテルの一室を、同じ間取りの別の部屋に見せた所とか、
バスルームの壁が透ける所、水、水の波紋、波紋に反射した光・・・
水の中を歩く音、衣装の色、絵画、ベットの並び・・・
色んな所に伏線が散りばめられていて、
それが一つに集約されていく様子なんか、演劇ならではだった。
ここは高く高く評価した。

役者さん達はみんなとんでもないよー
とんでもない中で、一際とんでもなかったのが、
松たか子だ。
ずっと良い女優さんだと思い続けてきたけれど、本当に本当に良い女優さん。
松たか子は間違いのないお方です。
病み方は違ったけど、途中、三条英を思い出しちゃったな。

一見普通に見えるところに、隠された彼女の狂気。
チラっと覗くだけだったのが、段々表に現われてきて、最後は壊れてしまった。
壊れる予兆は始めから感じていたけれど、
あそこまで綺麗に、完璧に壊れていける人なんて、なかなかいない。
この年代で一番の女優だ。

帰りの電車でキリンラガービールの広告を発見した。
幸四郎さんと、染様の広告。
思わずじーっと見つめて、
「お父さん、あなたの娘えらいこっちゃになってるよ。ヤバイよ。。」
と、心の中で語りかけてしまいましたね。

鈴木杏ちゃんは、『白夜の女騎士』ぶり?
やっぱり彼女も飛びぬけた女優さん。
この松たか子に向っていけるだけで、凄いんだから。
松さんもだけど、こんなお芝居毎日やってたら本当に辛いだろうなぁ。
精神状態って、こういう役やっても普通に保てるものなんだろうか。
少し心配になる。
杏ちゃんが、カーテンコールで鋼太郎さんの肩を、
2、3度ポンポンと叩いていたのが印象に残る。
「私は大丈夫だよ。」と語りかけ、
更には「鋼太郎さん、大丈夫?」と心配までしているようだった。
鈴木杏っていち女優の大きさを見た気がした。

で、実は蜷川演出以外で初めて見たかも?な吉田鋼太郎さん。
鋼太郎の兄貴にはこういう方面に、もっと出てきていただきたい。
蜷川シェイクスピアやるのも良いんだけど、
こういう役の方が、私は好きだなぁ。
鋼太郎さんが持つ暖かさとか、大きさも感じるなかで、
でもそれとは逆の方向に身を置かざるを得ない、弱さ、卑劣さ、みたいなモノも感じた。
全てを暴かれた時の、開き直りっぷりが、ふてぶてしくて、卑しくて、素敵。
彼をあそこまで追い詰めてしまったものは、一体なんだったんだろう。

田中哲也さんも、相変わらず良いなぁー。
『ビューティ・クイーン・オブ・リナーン』でも主人公の恋人役みたいな感じだったよね。
支えになるよね、こんな人が側にいてくれたら。
でも普通の人でもあるから、相手が狂ってしまった場合は、もうどうにもならない。
ナチュラルな良い男っぷりが嬉しい。

中村まことさんもいやらしいわ~。
粘っこく、相手の弱みに付け込む、軽い、嫌な男。
この変態め!!と言ってやりたくなる。
鋼太郎さんには、弱さを感じたけど、
この人は、ただ快楽が欲しかっただけのようですから。
まぁどっちもどっちだけど。

あとは梅沢さんですか。
私が見る梅沢さんってのは、割と陽気なおばちゃん(orおばあちゃん)ってのが多くて、
今日みたいな陰気で狂い気味な役ってのは、初だと思う。
言い方おかしいけど狂った加減が丁度良く、
作品全体の不気味さを決定付ける役割すら果たしていたと思う。
彼女が、臭いが消えない・・・と掃除をしているところから、始まるんだから。

で、もう一度、
松たか子が凄かった。
と書いて、役者さんの感想は終わり。

演出とか、演技、舞台美術・・・色んな面で楽しんでのめり込んだのは確か。
楽しんだ自分も、のめり込んだ自分も認める。
良い舞台だったとも思う。
でも、やっぱりこういう題材を扱って、でも扱った理由が明確に見えてこないのは、
ちょっと卑怯じゃないかなぁ。
ある意味タブーとされる所、性的な話とかって、
ある種後ろめたさを感じながら、でも誰もが絶対に興味を持つものじゃん?

理由が良く見えてこなかったから、
ただ人の興味を引きたいがために、こういう題材を扱ったんじゃないか?
と少し勘ぐってしまう。
そもそも、圭史さん、なんでこんな話を書く?
あまりにもリアルに嫌な感じなので、圭史さんの過去に何かあったんじゃないか?
とこちらも勘ぐってしまう。

あぁもう本当に、見終わって、こんな風に半笑いしてしまった舞台は初めてですわ。

すげぇ・・・

ってのと、

やっちまったなぁ・・・

ってのが、五分五分で襲い掛かってきて、
口ぽかーんで、半笑いです。

見ても大丈夫そうだなって方は、見ておいて損はないかと。
『LAST SHOW』を10倍重くしたような感じです。
嫌な人は絶対に観ないほうが良い。
あと、2回は絶対見れないと思うんで、
よほど贔屓の役者さんがいない限り、2回目のチケットは手放した方が無難。
私だったら、絶対手放す。
2回見たら、私はしばらく落ち込む。

なんか、そんな舞台です。
Comment
そりゃ演劇は時代をうつす鏡だから。
『キル』や『ロープ』は受け付けられて、こっちは受け付けられないのは、なっちゃんが若いからなのかな~~~?
題材の種類が違うだけで、方向的には同じだと思うけど。
★ぷらむさん★
受け付けられなかった…うん、そうかもしれません。

あまりにも重くて、
「なんでこんなに重いものをわざわざ見せるんだろう。」
って思って、そこから先の理由が見いだせませんでした。
演劇として凄く面白いって思う一方で、「でも、なんで?」って。

あとは永遠の仔がまだ私の中に残ってたんですよw
父親がああいう行為に走った理由も同じだし、
娘をある種、洗脳してたようなところも同じで。
小説を読んだ時、頭の中に広がった音のない映像の世界が、
まるまる演劇って形で、音と立体感を伴って現れちゃったので、
余計に衝撃が大きかったような気がします。
『永遠の仔』の一場面を実際に見てるようでした。


この題材を扱った理由が、時代を映す鏡だからってことでしょうか。
『キル』とか『ロープ』にどう繋がるのかがイマイチ私には入ってきません~。

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