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6/19 夏祭浪花鑑

2008年06月20日
クールな舞台です。

2008年6月19日『夏祭浪花鑑』@Bunkamuraシアターコクーン

演出:串田和美
出演:団七九郎兵衛・・・中村勘三郎
    一寸徳兵衛・・・中村橋之助
    徳兵衛女房お辰/☆玉島磯之丞・・・中村勘太郎
    傾城琴浦/☆徳兵衛女房お辰・・・中村七之助
    三河屋義平次・・・笹野高史
    大鳥佐賀右衛門・・・片岡亀蔵
    釣船三婦・・・坂東彌十郎
    団七女房お梶・・・中村扇雀
   ※6月20日以降は☆の配役になります。


こんな愛しい空間があっても良いのかなぁ?
死ぬまでに一度、コクーン歌舞伎は見ておいた方が良い。
私はそう思う。

毎回見て思うけど、ここにしかない熱気があるんですよ。
あの熱気はコクーン歌舞伎以外で味わったことがないの。
人が今そこにいて、生で演技をしていて・・・っていうその臨場感、興奮・・・
クライマックスに向って、湯気立てながら空間が熱くなっていく。
舞台と客席とが共に上昇していく快感があるのが、コクーン歌舞伎。

凄いんですよ、本当に。
味わあないと絶対、損

作品を通じて、舞台と客席とが共有してきた想いが、
最後に発散されるのがカーテンコール。
コクーン歌舞伎のカーテンコール、これがまた格別です。

これが正しいスタンディングオベーションだ!!!!
ここまで来て立つのが本当だよ。
興奮したから立つの、情けで立つんじゃない。
思いを共有できたから、楽しかったから、素晴らしいと思ったから、
だから自然とみんなが立ち上がる。
だから拍手が鳴り止まない。
全ての想いが拍手に乗る。
その時の拍手の音がずっとずっと好きだ、私は。

他の芝居を見ても思うことだけれど、
ちょっと前に感じていたような新鮮な感動を、
前と同じように感じることができなくなっている気がする。
でもその分、冷静に舞台を見つめられるかもしれない。
「好き」っていう気持ちに変わりないと、自信を持って言えるから、
ある意味感覚が鈍ってきたような部分も自覚しつつ、でも芝居と付き合っていきたい。

まずは芝居の始まりから楽しい。
コクーン歌舞伎は特別に客席内飲食可能。
物販も楽しいんだ、お祭りみたいで。
友達はお団子を買って、私はさつまあげを買って、客席で食べる。
うみゃい。

さつまあげを食べていたら、ちょとちょろと浴衣を着た役者さん達が、
客席内を練り歩き始める。
弥十郎さんなんか、空席だった平場席に座ってたり、
他の人たちもちょこちょこ客席に話し掛けたりしつつ、うろちょろする。
どうやら今日は年に一度のお祭りらしい。
みんながウキウキして、ガヤガヤしている。
私も一緒にウキウキ。祭楽しい。

そんな中、些細な事で喧嘩が起きる。
幕が開く・・・とかっていう芝居開始の明確なサインは全くなし。
私たちはお祭りに来ていた人で、たまたま喧嘩の現場を目撃したような、
そんな錯覚に陥るわけだ。
上手い。
さつまあげも美味かったけど、演出も上手い。

お祭りというみんなが興奮した場所に、喧嘩という興奮が加わる。
不謹慎にも、ワクワク。
ちょっといけない興奮というか、血が沸き立つ何かを感じさせてくれる。
気持ちがザワザワするんだよね。

この喧嘩で、団七は喧嘩の相手に怪我を負わせてしまう。
それがキッカケで、牢に入れられることになる。

数ヶ月?牢に入っていた団七。
眉毛ぼーぼー、ヒゲもぼーぼー、着物は臭いわで、とってもみすぼらしい。
この男が、身なりを整えると、これがまた粋な良い男で!

色に気を使っている舞台だと思ったんだけど、
衣装の色合いがたまらない。
裾から見えるふんどしが赤いのが、また格好良いの。
格好良いだけじゃなく、ここが赤ってのがポイントだと思う。
普通は「白」なんだよね?
でも魅せるために「赤」。

赤は血の色。
団七は後に、舅を殺し、また舅によって額に赤い三日月形の痣をつくる。
無政府状態な祭りの熱気と共に落ちて、
落ちた先から更に進み、世界に立ちはだかる壁すら破壊していく男。
その男に刻まれた色が赤なんだ。
団七が赤だから、義兄弟の契りを交わした徳兵衛の白も映える。
さりげないけど、もの凄い色彩感覚なんじゃないだろうか。
片袖を違えた着物の着こなしってのも、なんていうか、粋で、格好良い。

団七が舅の義平次を殺めた後、
なだれ込んでくる、祭りの群集。
ここも凄い。
人を殺したという限りない負のエネルギーが、
ただ騒ぐだけとでもいうような、祭という深い意味のない、
しかし大きなエネルギーに取り込まれて、負と正が入り混じる。
この入り混じり方が半端ないのです。
まず、殺しのシーンとのギャップ。
明るさとか見た目のギャップはもちろん、放たれるエネルギーの種類の差。
全てを飲み込んでいくような、力強さがあった。

団七が義平次を殺すに至るまでの勘三郎さんの演技が光る。
団七は、喧嘩っぱやいかもしれないが、
でも喧嘩をする理由がある、筋の通った良い男だと思う。
舅のがめつさ、いやらしさに耐えて耐えて、自ら頭も下げていた。
本当に殺すつもりなどなかった。
舅は舅でも親は親。
だけど、だけど、ふとした瞬間、刃が義平次を傷つける。

暗く、暗く、辺りが落ち込んでいく。
闇っていうのも、どこか人を興奮させる。
光に照らされ、怪しげに大きな影が映る。
今、あの時の団七の心情を「キレる」という言葉で表してしまっていいのかわからない。
でも「キレる」というか、「キレてしまった」。
運命に飲み込まれるような、仕方がない結果というか、
団七の中にあった舅への恨みが、偶然をキッカケに溢れ出てしまったのを感じた。
照明として使われていたのが、本火で、その火の揺らめきも憎い。

泥水を使った演出。
あの泥まみれの義平次は、醜い、醜い。
妖怪みたいだ。
正しい醜さの表れだった。
その義平次を正気を失った団七が殺す。
泥が飛び散る。

この泥を直接浴びない為に前方の席には、
ポンチョと、ビニールシートが配られていて、この舅殺しの場面に入る前に、
和太鼓等の大演奏が設けられて、
この演奏中が、ポンチョ着用の時間稼ぎにもなる。
泥浴びたくて平場席を取ってたりするんだけどさ、
でもみんなが必死になってポンチョを着だすってのは、冷静に見ると笑えるぞ。
私もポンチョ組だったけど、おかしくておかしくて。
私も含めてみんな必死なんだもんw

団七が逃げた時点で、一幕は終了。

二幕に入る。
二幕は、扇雀さん素敵だったー。
団七とこの扇雀さん演じるお梶が夫婦。
そしてお梶の父親が、あのいやらしい義平次だった訳。
お梶は、夫である団七が父親を殺したことを始めっから知っていたんだ。
それが扇雀さんの表情を見ただけでわかった。

二幕で素晴らしかったのが、夏の日差しの照明。
透き通った白。
燦々と太陽が照っているのを感じさせつつ、どこか凍ったような空気も感じさせた。
凍っていたのは団七が親殺しをしていることを、みんなが知っていたせい。
暑いのに、暑いのに、冷たい。
とにかく照明、素晴らしい。

追っ手から逃げる団七。
ここの立ち回りはテレビでも良く見たけれど、
生で見ると興奮する~!!!!
ミニチュアの街を団七が駆け抜けていく。
通路でのハシゴを使った演出も圧巻。
勘太郎と、勘三郎の立ち回りも鬼気迫る迫力。

楽しい、楽しすぎるっ。

ラストは待ってました!
搬入口大開放で、劇場って空間さえもぶち壊して逃げていく男二人ですよ。

この興奮、この爽快感、どこから湧き出てくるのかわからない。
でもみんなが同じ思いを共有してる。
日本人だからなの?
お祭で沸き立つ気持ちも、暗闇に恐怖とざわめきを感じるのも、
和太鼓の音に気を感じるのも・・・
自分の原点、根本にあるものを引きずり出されるような感覚。

歌舞伎ってそういう力ある。
私たちの底にあるものを引きずり出す力が。
それをわかりやすく示してくれるのがコクーン歌舞伎。

めちゃくちゃ格好良いから。
やってることめちゃくちゃ新しいから。
伝統があるからこそ、新しいんだ。


こんな格好良いことやれる、あんな格好良いオヤジ達が日本にはいる。
私が今まで触れることができた格好良いオヤジ達ってのが、
大体演劇やってる人で、だから演劇が好きだってのもあるのかもな。

中村勘三郎。
そして串田和美。
格好良いオヤジたちによる、格好良い舞台。

最高にコクーン歌舞伎は格好良い。

歌舞伎の歴史が、また深く、そして新しくなる。
そんな瞬間にここで出会える。
それが最高に幸せ。
だって、見ておけば、私も歴史の一部だもん。
Comment
今日の文も素晴らしい
こんばんは、
なつさんの文に触発されました。

新しきは古きこと
古きは新しきこと
過去はいまであり
いまは過去となる
過去はいまにあり
いまは過去になる
新しきは腐りゆく
古きものは芳しく
如何に新しきもの
芳醇にさせてゆく
新しきは古きこと
古きは新しきこと
★lunaさん★
いえいえいえ・・・コクーン歌舞伎があってこそでございます。
もうひたすら、歌舞伎って格好良い!と思えるんですよね。
毎回見ると血が湧き立ちます、コクーン歌舞伎は!

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