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11/15 カリギュラ

2007年11月16日
karigyura

2007年11月15日『カリギュラ』@シアターコクーン

作:アルベール・カミュ
演出:蜷川幸雄
出演:小栗旬/勝地涼/長谷川博己/若村麻由美/横田栄司/月川悠貴/廣田高志
    塾一久/青山達三/磯部勉/他


観客としての私の状況は、最低に近かったので、
感想も言い訳がましくなりそうな気がします。
それでも良かったら、続き、どーぞ。
もう、眠たくってしょうがなくってですね。
旬くんと勝地君の重要な場面だぁーここがぁーあー・・・ZZZ
みたいな。サイテイッ!私!

さて、どんどん眠くなった言い訳を並べ立てるとしましょうか。
まずは2階席だったのが悪い。
小栗旬の目が見たかったのに(いつも目に泣かされる)、
2階からじゃオペラ使わないと細かい表情までわからない。
ずーっとオペラグラス構えてるのもどうかと思うし。
熱量は飛んできてたと思うけど、私がそこをキャッチするまで状態になかった。
同じAはAでも、逆が良かったと思うな。
近くで見てから、遠くなる方が、『カリギュラ』の場合は楽しめそうな気がする。
近いほうが人物の感情が伝わりやすい。
人物の感情を整理してから、後方席で見て、全体の美しさ、蜷川美を楽しむ。
のほうが、いいんじゃないかなぁー。
少なくとも私はそうしたかった。逆が良かった。

あとなんかもう、言っていいのか?これ?
言っちゃうぞ、言っちゃうもんね・・・言っちゃえ。

飽きた。

言っちゃったー
鏡、壁、愚鈍な大衆、裸、突然の音楽・・・
何度見たことかぁー
この間も同じようなものを見たような気がするー
綺麗なんだよ、めっさ綺麗なのはわかってるけど、
マイナスな状態の時には、良い方向には受け入れられないのだ。

もちろん舞台はナマモノ。
同じ瞬間は二度と訪れないし、
そもそも同じような見た目であったとしても、元の戯曲が違えば、全く別の作品だ。
正しい観客であるのだったら、その戯曲ごとの違いやらを感じて楽しめばいいんだから、
マンネリも受け止め方次第だと思う。

ただ今日の私はどうしようもない観客ですから。
まず睡魔との戦いが先にありましたから。
睡魔に勝つには、新鮮さ、驚き、衝撃が必要だと思うんだけど、
見たことある景色ばかりだったので、それはない。

で、いつもだと役者さんの演技にその新鮮さ、驚き、衝撃を感じるんだけど、
さっきも言ったとおり、私自身がそこまで受け止めきれず。
ごめんよーおぐりぃー
おぐり達が悪いんじゃねーんだぁー、全部あたしが悪いんすよぉー

結果睡魔と言う魔物にとりつかれ・・・

本当だったら、カリギュラが持つ怒りに自分の怒りを重ねて、
一緒になって発散させてみたかったんだけどね。
それか、若村さんの役に感情移入してみるのも面白そうだと思ったな。
あの役すっごい面白いよ。なんなんだろう。
よく若村麻由美キャスティングしたよね。
傲慢さ、美しさ、従順さ、冷徹さ・・・ピッタリはまっていて、素敵。
やっぱり次見るときは、若村さんに注目したいっ。
この役に完璧感情移入して見れたら、面白すぎると思うんだよな。

えっと、話は変わって大学の授業で配られた産経新聞の記事。
西部邁さんって方の『私と信仰』っていう連載の1つに、
 大衆に抵抗する精神の核
っていうのがあった。
『カリギュラ』を見ていて、漠然と思い出した。
ちょっと抜粋。
 
 大衆は民衆のことではない。英語でいうマスは「愚劣で低劣で卑劣な人間の群れ」
 といったくらいの意味なのだ。逆にいうと、おのれの劣等さのうちに安住し、
 優等であらんと努めているものたちを排除する人、それがマスマン、
 つまり大衆人ということである。


と、まぁ、こんなことが書かれていたわけだけど、
カリギュラが抱えていた怒りは、こういうことに対する怒りなんじゃないかな、と。
抵抗する=ロックなんですかね?
音楽に疎すぎる人なんで、全くわかんないんですが。
でも格好良かったな。

で、

「窮地に立たされれば、人は考える。」とか、そんな台詞があったよね?

自分が誰よりも考えている自信がある。
そうなってくると、周りの人間は愚劣なものとして目に映る。
自分と同じレベルで物を考える奴なんて、この世にいない。
権力を使って、考える機会を与えてやる。
そのことにさしたる意味はない。
俺が気の向くままに、動くだけだ。

なんだかそういう感情を持っているお方なのかな。
だから、簡単に人を殺せてしまうし、気に入った人は男でも女でも愛しちゃうんじゃん?
少しでも自分と同じ匂いを感じるものを愛す。

舞台美術・・・今回、鏡の他にネオンが追加。

あのさ、蜷川さん。
もしかして蜷川さん、『ネオ・ダンディズム!』見た?
わたる君の退団公演だったんだけどさ、見たでしょ。
コクーンのHPで写真で見たときから思ってたんだけど、
なんだか凄くネオダンちっくなんですよw
ヅカファンしかわからない話でごめんなさいね。
でもとにかくネオダンなんすよ!
最近(かどうかは知らないけど)、宝塚で流行ってる(と私が勝手に思ってる)、
あの変な青いステンドグラス的な照明あるじゃないですか。
(蛇の皮みたいに見えるんだけど私には。気持ち悪いと思うんだけど。)
その照明も使ってたし、蜷川さん、見たでしょ、宝塚。
蜷川さん自身が見てなくっても、蜷川組の誰かが見たでしょ、ぜってー見たね。

あぁ、どうでもいいネタで12行も消費してしまった。

『船上のピクニック』が今年一番面白かったんじゃないか、って、
ふとした瞬間に思うよね。
役者さん自身の持つ良さとか、そういうの差し引いたところで判断したらさ、
『船上のピクニック』が一番じゃない?

ともかく、私が悪い。
でもこんな観劇も時にはあるのさ。
次はちゃんと見てきます。
次があるのも幸福なことよね。

あとそうだ、忘れてた。
旬君、めちゃくちゃ上手くなったな。
台詞が後ろ向いてても聞こえる。鋼太郎化現象が見られるw

私が初めて小栗旬を舞台で見たのが去年の『間違いの喜劇』。
この時はシェイクスピアの台詞自体と格闘していたよね。
次、『タイタスアンドロニカス』でも、それは変わらず。
まだ台詞の感情と、実際の感情に開きがあったように感じた。
その後、『お気に召すまま』で見た彼は、シェイクスピアの台詞の上で自由に楽しんでいた。
そして『カリギュラ』。
台詞を超え始めたのを感じる。
言葉と身体とがピッタリ合ってきてる。

今、旬君が人気があるのは当然なんだ。
バカらしいって本人思ってるかもしれないけど、
私を含めてみんな、どこか小栗旬に才能を感じるから気にしてるんだと思うんだ。
あと3年ぐらいした時に残ってるファンが、本当のファンでしょう。
本当に今後が気になる、楽しみな人だぁ~
新感線とか、野田地図にも、落ち着いたら出てね。
絶対見に行く。新感線に小栗旬とかたまんないわw
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