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日本舞踊ってなんだ

2007年09月28日
後期からちょっと面白い授業が始まった。
日本舞踊家の先生が講師で教えに来てくれる授業なんだけど、
今日、先生の話を聞いて、ちょっとばかり自信がついた気がする。
自信というか、自信に繋がる確認ができたというか・・・

もう何十年も踊り続けている先生。
踊りを通じて、人生を感じているようなところがある人だった。
素敵だ。とっても素敵だ。憧れる。

1時間話を聞いただけでわかる気がする。
この先生は、私が理想とするような生き方を、何十年も続けてきている人。
格好良いんだよな~
顔の作りとかじゃないよなー格好良さって。生き方じゃないかと思うよ。
物事を感じることに対しての先生の想いとか、生き方の理想とか、
そういう部分を語ろうとする言葉。
その言葉のほとんどが理解できて、尚且つ心から共感できた。

先生には届かないけれど、でも“観て感じる”という点では、
同じ高みを目指せている?

共感することができたから、素直に、
「あ、いいんだ。今のまま頑張ってれば。」
と思えた。それが、ちょっと自信にもなったし、安心もした。

私が今日先生の言葉をほぼ理解できたのは、
私自身が今まで“観る”ということに対して、真剣に向き合ってきたその結果だと思うんだ。

観て、その場の空気を肌で感じる。
そしてその空気に感情を乗せる。

舞台においてのみだけど、2年半、そればっかりしてきた私の“観る”力は、
それなりに成長していたのかもしれない。

なーんてね。
今日の授業を聞いてて思ったのですよ。

勘太郎が踊ってる以外のものだと、
舞踊を見ていても睡魔に襲われることが多かったんだけど、
今日ちょっと見方のさわりが掴めたような気がした。

踊ってる人の呼吸に見る側も合わせちゃえばいいのかな~?

と。
道成寺の素踊り?をしている映像を見せてもらったけれど、
映像の中の先生の呼吸にふっと気が付けたら、
そこからは面白くって仕方がなかった。
なんとなーくだけど、振りの意味もわかるような気がしてきた。

この体験、前にもしたことある。
あのねー、久世姐の『サロメ』2回目が、こんな感じだった。
こっちはただ観てるだけなんだけど、でも演じ手側に見方を合わせると、
おっもしろいぐらいに伝わってきちゃう。
今日はじめて踊りを見て、こういう感覚になった。

ん、はじめてじゃないなー
勘太郎の雨乞狐は、こんな↑感じだったわ。

「本人を前にして、こんな映像見て、寝るわけにゃ~いかない!」

と思って、暗い中頑張ってスクリーンに映し出される映像を見ていたら、
スコーンと入れちゃったんだけど、これは偶然の産物。

生意気かなとも思うけど、今日のこの感じをブログに書き留めておく。

たまたまスコーンと入れちゃったのが今日だけど、
普通に、例えば歌舞伎座だとかで舞踊を見ていて、今日みたいにスコーンといけるか?
と言ったら、それはなんだかとても難しいような気がする。
相当、気持ちも身体も調子が良くないと、合わせられないよなぁ。

まだストレートプレーやら、ミュージカルなら、
伝わってくる情報が多いから、その情報を頼りに、
気持ち盛り上げて、舞台と自分の波長を合わせることも可能だと思う。

でも、日本舞踊、情報量少ないの!
見た目なんか地味っぽいし!
新感線みたいなド派手な照明の演出がある舞踊作品とか見たことないし!
あってもそんなの怖いし!

情報量が少ない、シンプルな空間の中で、
シンプルに、真っ白に伝わってくるものを、そのまんま捉え、
そこに自分の波長も合わせて、楽しむ。
それがいつもできれば、絶対に、楽しい。
日本舞踊に限らず、何を見るときもそれができれば絶対に楽しく見れる。

でもむつかしいよなぁー
絶対これ難しいー

だけど、今日「もしかして、こうやって見たらもっと楽しいのかも?」っていう、
糸口を見つけられたから、これから先、できる限り試してみようかな。
見方がちょっと開けたような気がした。
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