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7/12 THE BEE ロンドンバージョン

2007年07月13日
bee

7月12日『THE BEE』ロンドンバージョン@シアタートラム

[原案・原作]筒井康隆
[劇作・脚本・演出・出演]野田秀樹
[劇作・脚本]コリン・ティーバン
[出演]キャサリン・ハンター/トニー・ベル/グリン・プリチャード

6月27日→1回目(日本ver.)
7月9日→2回目(日本Ver.)

疲れた。

なんだ、もう、ものすっごい疲れた。
帰ってきたらお腹減ってもいないのに、何か食べたくなった。
食べたらちょっと脳みそ軽くなった。

自分自身を分析してみると、
どうやら9日の日本Ver.の千秋楽を見た際に、
ギアがMAXまで上がっちゃってたみたいだ。
(ほぼ100%野田さんの井戸のせい)
その余韻のせいで、
今日もMAXまでスコーンと上がりやすい状態だったような気がする。

スコーンと集中力が上がった状態での重い、重い1時間10分。
最初から最後まで脳みそフル回転状態。

疲れた。

また英語上演だから余計にね。
字幕を目で追って、内容を頭に入れて、
その内容と照らし合わせながら、役者の動きと、言葉を追っていく。
言葉は聞いていても0.5割ぐらいしかわからないんだけど、それでも必死。
言葉だけに捕らわれるのは、非常にもったいないので、
役者さんの身体性(ちょっと格好良い言葉使っちゃったよ)も感じようとして、
それで余計に疲労。

でもすっごい面白かった。

第一ここまで集中できる1時間10分ってないと思う。
この1時間10分は全然短くない。とにかく濃いから。

期待していたキャサリンハンター。
まだまだ彼女の力は計り知れない。
もっと振り切っていける女優なんだろうな、ってのは、ものすごい感じた。
怪物女優ってのはどこの国でも共通してチャーミングなんだろうか。
私が日本で個人的に怪物認定したのは、白石加代子と麻実れいなんだけど、
(まぁターコさんは怪物っていうか、地球外生命体だと思うけど←心から褒めてる)
二人とも、ものすっごいチャーミングな人だと思う。
キャサリンハンターも同じ匂いがする。
同じ怪物でも麻実れいよりは、白石加代子に近い。

カーテンコールの時のお辞儀がめちゃくちゃ可愛らしかった。
英国式なのかー?右足をちょっと前に出して、左足に添えて・・・
で、挨拶。そして笑顔ではける。

なんか、すっごい可愛いぞ?!

たぶんあれは、
「キャサリン、一人でカーテンコールに応えてこいよ。」
の意だったと思うんだけど、
カーテンコールの際、いつまで経ってもキャサリン一人しか、
舞台上に出てこない時があった。
でも、一人で挨拶せず、
「ねぇ?ヒデキ・・・みんな~出てこないの?出てよ。出ようよぉー」
と言わんばかりに、舞台上を右往左往するキャサリン。

・・・可愛かったぞー!?

このキャサリンハンターという人の演技を、
こうして実際に見られるのは、とてつもなく貴重なことで、
有難いことで、ラッキーなことなんじゃないかという気がする。
しかも見れる劇場がちっちゃくて良い感じのトラム。
同じようなちっちゃさでも、下北沢じゃなくって、
三軒茶屋のシアタートラムであることが大事さ。
濃密な空間を共有できるこの機会を楽しまなくっちゃ損だ。

キャサリンの演技で特に印象に残ってるのは、
切った指を持っているところかな。
野田さんの井戸が持っていた指からは血が見えなかったけど、
キャサリンが持っている指からは、血がポタポタと滴り落ちていた。
あれは鉛筆でも、割り箸でもなく、人間の指。
左手で指を持ち、そこから滴り落ちる血を右手で受け止める。
キャサリンの手が赤く染まった気がした。

役者が違えば、セットも違う、演出も違う、違うことばっかりだけど、
伝わってくるものは日本バージョンと同じ。
不思議なほど同じだった。
道程が違うけど、辿り着く先が一緒って感じ。

日本バージョンの方が、シンプルでクリアな印象。
ロンドンバージョンは、日本Ver.で感じるより更に多く、
色んな問題が汲み取れるような気がする。
マジックミラーのセット、
イドをキャサリンが、オゴロの妻を野田さんが演じることによる性の転換。
西洋と東洋の違い・・・etc

この日本Ver.とロンドンVer.の連続上演って、改めて刺激的だわ。

どちらか一つでも刺激強いのに、連続上演ってコレとんでもない。
あーホント面白すぎる!

野田さんはねー4部門ノミネートだな。
なにがって、女優賞も。(笑)
やっと本格的な野田さんの女役見れたー。念願叶った・・・
女役上手すぎるだろ。
想像する才能を与え、書く才能を与え、演出する才能を与え、
女役を演じる才能まで与え・・・与えすぎよ、神様。

「私は女よっ」って立ち方からして、まず好き。
足の先、ツンとして立ってるの。
表情も女だし、仕草も女だし、なんなんだー野田秀樹。

んでまた、スローモーションの時とかストイックなんだよなぁ。
もっと楽な動き方いくらでもできるだろうに、
自分で辛い方選んでるんだと思う。
ふくらはぎの筋肉とか、胸の筋肉とか、ホント凄いもん。
このストイックさに身体がついていけなくなったら、
役者であることをやめるのかもね、野田さんは。
・・・まだまだイケる。まだまだ見たい。

日本Ver.を先に見て、それからロンドンVer.ってのは正しいと思う。
すっごく疲れたって言ってるけど、
日本Ver.の上演を見ずにロンドンVer.だったら更に疲れるはず。
舞台を追いかけるのだけで精一杯で、伝わるべきものが伝わらなくなりそうだ。

日本語で見た。っていう布石があるから、
ちょっと字幕見逃したって物語は十分補完できるし、伝わってきやすい。
言葉は違うけれど、舞台に立てばその人の生き様が見えるってのは同じこと。
野田さんを困らせたのはドドヤマを演じてるトニーだよね?(笑)
キャサリンはノダヒデキと共鳴し合うまでの位置にいる人で、
グリンは理解し合えるようなそんなポジションにいる人だと思う。
言葉はわからなくても、身体を通して見えるものって、結構いっぱいあるもんだ。
言葉がわからないからこそ、実感。

部屋の配置が違ったり、
天井から落ちてくる石膏が、石膏ではなく紙吹雪だったり、
包丁の音を出すのが妻だけだったり、
絶頂のサインが銃声ではなく地響きだったり、
色々と細かな違いがあった。

日本バージョンとロンドンバージョン、
どちらもそれぞれの良さがあって、どっちも好きだと思ったけれど、
でも一つだけ、ロンドンバージョン、
指を折る時のポキッって音を大切にして欲しい。
鉛筆が折れるポキッって音が与える印象って、ものすごく重要。
日本バージョンは、この音を大切に聞かせていたと思うけど、
ロンドンバージョンはちょっと雑に感じた。わざとなのかな?
ロンドンバージョンでも、うっとなるようなポキッっていう音を聴きたい。

とにかく悪夢を見る幸福だね、この芝居。


ロンドンバージョン初日感想でした。
読んじゃったら、どうぞ最後はクリックしてやってくださいませ!
1回字幕完璧無視で見てみたいかもしれないな。


なっつんさんの*naturalness*と、
父ちゃんとゆうさん真似てリンクし合いましょう企画、本日から開始。
まぁ、私はもっぱら、富士丸な日々だけの読者なんだけれどもw
これを期にクロエビスも。

そうかー目指せワンツーフィニッシュかー
となると大きくでるしかないな、じゃあ・・・もう・・・

画劇団に追いつけ!(笑)
改めてグランドホテルの久世さんが格好良いことに気がつく。
ニヒルな男役・久世星佳がこの先1枚でもUPされたら、追いつけなくてもいいや・・・っておい。
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