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6/5 草枕

2015年06月05日
「この腕、青磁の皿に盛りましょうか。」


扇田さん。
扇田さんがお好きかどうかはわかりませんが、またひとつ素敵だなと思えるお芝居が幕を上げましたよ。

地元の街中をiPhone片手に歩いていて、見る必要もないのにページを開いたTwitterで扇田昭彦さんの訃報を知った。

…え?

と、ただその場に立ち止まった。

ご挨拶だけはしたことがあったかもしれない(もちろん向こうは覚えていない)、でも、とにかくこの10年、何度も何度も何度も劇場でそのお姿を見かけた。
色んな演劇を見てみたくて、なんだかんだ手元に集まったNHKが放送した舞台映像には、芝居が始まる前に扇田さんとゲストとの対談があって、単語や人名、劇団名、色々わからないことだらけだったけど、演劇に詳しくなりたくて、わからないながら話に耳を傾けた。
野田秀樹に出会った野田地図第10回公演『走れメルス〜少女の唇からはダイナマイト!〜』のパンフレットの中で野田さんと対談をしていたのも扇田さん。
ひねくれ者の野田さんが扇田さんには、一目置いているのがその対談からもわかったし、そんなことは抜きにして扇田さんは穏やかで、芝居に対してとても的確だった。
このとき手にしたパンフレットには、今、野田さんにいただいたサインが入っている。
私の宝物だ。

亡くなってからでは遅かったけど、亡くなってしまったから、扇田さんの著書を手に取った。
60年代の唐十郎や寺山修司を追体験させてもらった。
観たくても、産まれてないし、観られなかった演劇を教えてもらった。
言葉にして書き留めてくれたから、その時代の匂いを嗅いだような心持ちになれた。
これからもきっとことあるごとに扇田さんが残した演劇への言葉に触れるんだと思う。

演劇を観ていく者の端くれとして、その愛情とか、公平さだとか、やっぱり愛情だとかを、私もまた心の中に持っていたいです。

ご冥福を心からお祈りいたします。

そして、私は私が観た舞台を、劇場という空間で、時が流れ、消えゆく定めの芸術が、一体どんなものだったのかを、私なりに書き留めておこうかな。

満州の先には『エッグ』がある。
人が現実という汽車に乗せられ、均一の速度で移動し、個々を失い、番号になった先には『エッグ』がある。
『草枕』の戯曲が載った号の悲劇喜劇の特集は「演劇と戦争 いま思うこと」でしたよ。

いっぱいね、『寿歌』、『寿歌』って北村さんの名前と共に「明るい虚無感」って扇田さんの本の中に書いてあってさ。
「あぁ、あの『寿歌』を書いた方だもんな」と思って見ていたわけですよ。
『寿歌』では核戦争後の荒れ果てた世界に生き残った人が描かれていて、じゃあ『草枕』は?って思うと、こういうことかな?って。

北村さんは、漱石の草枕の世界と今を綯い交ぜにして、混ぜたことで、「今」を浮かび上がらせた。

危機感。

これ以上向こう側に進まないようにする強さはどこにあるのか。
強さの前には誰かを憐れむ心がある。
その憐れむ心が持てたとき、その心を向ける相手に見せる顔は、自分が自分で持てばいい。
そこに「美」がある。

だから、卓も、那美も、小泉今日子も、最後、私たちには背を向ける。
こちらは向かない。
「美」は己で持て、と。

そんなことが、段田安則演じる美を探す画工と、その画工が逗留する宿の若女将、那美(小泉今日子)、満州へと招集される久一(山田悠介)やら、浅野さんの5役かな?演じ分けやら、住職の大徹(春海四方)やらの登場人物がいる中で語られていく。

小泉さんは、その顔が、一向にして定まらないところが素敵。
画工が追い求める美がなんなのかわからないように、那美も画工の前で次々と顔を変える。
妖艶、無邪気、狂気も孤独も内に宿し、詩的で知的、でも可愛いの。
ふふっ、小泉今日子でしょう。

和装でよかったなと思いました。
腰が据わって、重心が下がるからか、舞台の上での佇まいが物凄く落ち着いたように感じたし、だから歩き方も、立ち止まった姿も綺麗だった。

この『草枕』で舞台女優の小泉今日子は一度、ある一定の地点に到達するのではないかと、キャストが発表された時から思っていて、それはやっぱり確かだろうなと。
第一声で段田さんに負けてないのも、大したものだと上から目線で褒めたくなるし、佇まいだって変幻自在の浅野和之に立ち向かえてるよー。褒めたいー。だって素敵だもーん。

到達したら、この後しばらく舞台やらなくなっちゃわない?って思ってなんか寂しいんだけど、2年に1度ぐらいは、武者修行に出てきてくださいませ。
酸いも甘いも噛み分けたからこその凛とした姿は、いまの私の憧れです。
若い男に「死んでおいで。」と言えてしまう女。
いい女だな。

こんな大好きな小泉さんだけでなく、段田安則と浅野和之を同じ舞台で観られるなんて、贅沢だなぁと野田ファンはしみじみと思いました。
画工が度々、誰に向けるでもなく発する言葉の先には、おそらく私たちがいるわけで、そういうところからも警鐘を鳴らすお芝居だと感じられるけれど、その音の中には軽さもある。

シーソーみたいに揺れ動くシリアスと笑いのバランスを操るのが浅野さん。
そこにひょいと乗ることができる段田さん。
日本演劇の宝っす。
ええもん、観させていただきました。
洒落たおじ様たちです、本当に。


「この腕(かいな)、青磁の皿に盛りましょうか。」

この台詞聞いて思わずニヤけました。
画工と羊羹と那美の艶っぽいやり取り。
相手がこう来たなら、私は更に。と躊躇なく速度を上げた那美の言葉の速さがたまらなく好きだった。
スピード出せる小泉今日子が好き。
さすが元ヤン。


扇田さんが観てきて、私が観られなかった舞台はたーーーーーくさんある。
これから先、私が観る舞台は全て、扇田さんが観たくても観られなかった舞台になっていく。
死んだらこの世の舞台は観られないのかなぁ。
死人特等席とか実はないのかなぁ。
あるかどうか現時点では定かでないので、生きてる間は、とにかくちゃんと観ていこうと思います。

そんな思いで『草枕』。
「智に働けば角が立つ。情に棹せば流される。 意地を通せば窮屈だ。兎角にこの世は住みにくい。」
だってさ。
住みにくくとも、生きてると芝居観られるしね。
美を追い求めなければ。
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