*ロジェ/ロック・オン!*

2010年08月25日
『ロジェ/ロック・オン!』@東京宝塚劇場

これはなぁ、ナイーブな時期だと思うし、
上手く書くには相当気力も気も使う気がするんだけど、
でもなぁー「私はこう思った」ってことを書きとめておきたかったりもするので、
いきます。はい。先に謝っときます。
ごめんなさい。
一応たたんどくんで、私、噛み付いちゃうかも。って方は読まないでくださいね。

たたむ前に思い出しネタを。
まず、プロローグのゴールド水夏希がですね、
「ロックオン!ロックオン!」
歌いながらですね、あの人、銀橋に落ちてた誰かのバックル?
なんだったんだろう、よくわからないけど、誰かの装飾品を、
思いっきり、下手花道に向けてぶん投げたですよ!!
それも、超男前に!!!!
下手にいた子はビックリしただろうなぁ(笑)。
誰にも当たらず、しかも本当に袖ピッタリ、コントロール抜群だったから、
『ノリにノってる男はやっぱ違うな。』
と思ったわけですが。めっちゃ格好良かったですぜ。

思い出しネタ2。
かしげさんご観劇。
振るからその時「ワンモアタイム!」って言ってくださいね!
っていうのは、事前にかしちゃんに仕込んでおいたんだろう。

なのに、先輩は、

「今日は貴城◎*‘□×#(噛んだ)・・・けいさんが(笑)ご観劇!!(笑)」
(手を合わせてすみません)(組子超笑顔)
「貴城さん、何か一言お願いします!」

「ワンモアタイム!!」(かしげさんらしい小ざっぱりした声で)

「名前噛んじゃってすみませんでした。(テヘッ)(謝罪で締める律儀な我らが先輩)」

普段完璧なのに、ここぞというところで、やらかしてくれるのが水先輩。
では、以降たたみます。
ヅカファンは補完してなんぼ、
妄想してなんぼのところがあるらしいのだけれど、
極端にその能力を欠いている気がする、私。
初日が開けて、今だとツイッター上のTLとか、
ブログとかに上がってくるみなさんの感想を読んで、
そこで『あぁ、そう考えればいいのか』と納得する的な。

今回は、ロジェさんって結局、子供の時のまま時間止まっちゃってた人でしょ。
実はまんま花瑛ちほちゃんなんでしょ?(←それ言ってないよ)
TKGじゃないから朝食も食べないんでしょ?(←それ確実言ってないよ)

ってことで。

ろじぇ=成長の止まったお子様

前提でたくさんのファンが話を見始めて、
その上で、泣いたり、感動したりしてるのかな?っていう印象を受ける。

それは宝塚としてアリなことで、
絶対に必要なことではあるんだけれど、
でもやっぱり、正塚先生は、そこまでロジェを子供設定として、
話を作っていないと思うんだ。
書き込みに甘い部分があるから、ロジェ像がぶれる。

水さんの最後に大人子供をわざわざ当てないと思う。
時間が止まってしまったぐらいの、格好付けたことは考えていても、
「ロジェはおこちゃまなんだ」っていう所で話は作らないと思うのだが。
水夏希と言う男役の最後の公演だから、
スーツで、クールに、男らしく、復讐に生きる影を背負う男。
を描きたかったんだよね?

でもそういう男として見られないから、
ファンが見られる男として新たに設定を加えて、
筋を通して、見られる男にしている。
そこで生まれている齟齬というか、
見せたかったのはAなのに、Aとして見るには欠陥が多すぎるから、
じゃあBとして見てみましょう、うん、Bならわかる。
ってなってしまう作品であることが、私はなんだか残念でならなくて。

私は本当に自分だけではAをAのままにしか捉えられない。

Bまで思いが及ばないので、
Aの本当に見せたかっただろうロジェ(水夏希にあらず)に対して、
物足りなさを感じざるを得なかったし、
初見の時の、マイナスの意味の衝撃を今もなお引きずっている。

「あの日、あの瞬間にあれほどのことがあろうとは」

ってロジェの言葉を聞いて、本気で、

『え、あれほどっていうほど、なんかあった?』

って、ね、思ったよね。

とにかく筋の弱さが悔しいし、
やっぱり、観客にBでなきゃ受け入れてもらえない芝居を作るのは違うだろ、と。
だから、贔屓の演技でさえも心に響かなかった、
どこにも引っかからなかった、初見の際のショックが私の中では消えない。

それでも私もヅカファンの端くれなので、
普通の芝居より、雪組のが数を見るし、
だったら感情移入もしたいので、
ロジェさんお子様設定にも、もちろん耳を傾ける。
そうやってロジェを見たら、彼の苦しみも少しわかる気がするし、
今日はそんな時間が止まってしまったロジェの隣に座る、
みなこちゃんのレアに痛いぐらいの健気さと、女性らしい包容力、
愛情というか、母性的なものまで感じて、グッときた。

ただこうやって生まれた感情は、
作家が意図して作り出そうとしたものではない。
正塚晴彦はきっとそこまで考えて、この『ロジェ』って作品を作っていない。
それがわかるから、ずっと納得できないままでいます。
でも、それでも、

「同じこの時代を共に生きてきたと 交わす思いは自分なりの愛だと
 今 夜明けのように ただ旅立つのだと」

って水夏希に歌われると泣く。
雪組子がそれに続くとまた泣く。
正塚先生、歌詞は良い歌詞書く。

私の一年間、共に生きてるような実感の中にいた時間も、
ロジェの、水さんの旅立ちと共に終わりを迎えるんだと、勝手に思ってる。
その時間の中にあった思いは、本当に自分なりの愛だったから。
緒月遠麻に向けた愛、雪組に向けた愛、一緒にいる人たちに向けた愛。
大好きだった時間。
手にすることや、選ぶことは、何かを捨てることでもあるんだなぁ。
好き過ぎて、楽しすぎたから、
捨てるのが、別れるのが、寂しくて、忍びなくて、思いの行き場が見つけられなくて、
どーしたものかって時期もあった。
でも、そこを救ってくれる、共感してもらえる人との新しい出会いもあったし、
何に変えても、私が行きたい道は変わんないみたい。

もういいんだわ、水さんと一緒に行けるなら。
私も1㎜たりとも悔いはない!!っつーの。

水さんを見てると、自分なりに苦しかったことも、辛かったことも全部浄化されて、
愛おしさだけが残るような、切なさより過ごした時間に対する愛おしさが勝るような、
だんだんとそんな気持ちになってくるよ。
そこにいてくれるのが、他の誰でもない、水夏希で良かったとも思う。

今日、久々会えた水ファンのお知り合いと、
初日のプロローグ後の拍手について話してたら、お互い感極まって泣きそうになって。
泣いちゃえば良かったかね、二人でいきなりw

本当にあの瞬間、全部の愛おしい時間が走馬灯のように駆け巡った!
「ありがとう」
しかなくて、心の中に。
そんな風に思えることなんて、滅多にないから。

で、今も緒月さんが好きだし、これからも応援していきたいと思ってます。
今日もパレードでファンの人を見付けて、「どうもー」ってニコッてする姿見れて、
なんだかもう、私はそれだけで幸せだ。
緒月、ザッキー、まなはる押し(いきなりすぎる)(基本92期好き)、
別件94期押しで(そうなのか?)、こうやってブログとかちまちま自分勝手に書いてる中で、
読んでくださった方が、少しでも緒月氏に興味持ってくれたり、
本人のプラスになるような笑い話でもなんでも共有できたら、
それは私にとっても本当に幸せなことだなぁ、と最近しみじみ思います。

そうそう、ザッキー。
君はこれからの人だと思ってる。
若手本に載らないのがなんだってんだ。
もう少し辛抱して、めげずにそのままの男役を続けて!
絶対、もっとたくさんの人の目に止まる日が来るから。
ノーブルで格好良いもん、ザッキーは。
大澄れいをよろしくどうぞ。

って私が言うことじゃないっすけど。

おわり。