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*A Live*

2010年05月13日
『A Live』@赤坂ACTシアター

出演:瀬奈じゅん


・・・すみません、太もも祭に参加してもいいですかね、えっと外野から失礼します。
「太もも、見たいんでしょ?堪能すれば?」
な某Aさんのハンサムさに乾杯。

あの人は歴史の積み重ねられた巨大な“男役”って、
もう魔物みたいな、神みたいなものを、食った。
食って、噛んで、飲み込んで、消化して、その後は血となり肉となり、
身体と一体化させてしまったんじゃないかと。

食うために戦っていた宝塚時代。
私には、その戦ってる感が怖かったし、
あれはどう料理するか試行錯誤してたのかなぁ?
とにかく、どうしても拭えない作ってる感にマイナス方向で反応してしまって、
どうにもこうにも受け入れられなかったのです。
すっごい格好良いのに、どんどん完璧に近付いていくのはわかるのに、
その完璧さに不自然さを感じたし、どうしてそこまでストイックになるのかもわからなくて。

この人の前のランベスウォークは素直に聞けなかったのに、
今のランベスウォークはとても素直に聞けた。
なんだかそれが、私にとってはすごく感慨深いことで、泣けてしまった。

どんどんシンプルに、何もまとわなくなっていく。
綺麗だ。

男役っていうものを極めて、まとって、積み重ねて、
100に到達したら、もうゼロになっても100は100っていうか。
染み付いているとかそんな優しいものじゃなく、
男役だった時間があって、今の自分がいるんだから、それが私。
そんな揺るぎない、真っ直ぐ過ぎるほど、真っ直ぐな生き方を感じる。

不自然さが消えた。
ウソみたいに。
「男役・瀬奈じゅん」から、ただの「瀬奈じゅん」。

見た目にもそれは表れていて、
あのね、この化粧でそのまんま宝塚の舞台に立っても、
男役として完全成立してしまう力があった。あれは男役だった。
けど、もう男役に縛られていない。
そのシンプルさ、ナチュラルさ。

極めて、自分のものにして、そこから更に自分を貫いていく、
瀬奈じゅんって存在は、ちょっと奇跡のような存在かも。
なんだ、あの人。不思議過ぎる。
好きじゃなかったのに、ストンとなった彼女は好きかもしれない。
この後、どこ向うんだろう。すっごい面白い。

そして最後、もう一度、あの太ももにバンザイ。

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