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4/26 ジキル&ハイド

2007年04月27日
2007年4月26日『ジキル&ハイド』@日生劇場

原作:R・L・スティーブンソン
脚本・作詞:レスリー・ブリカッス
演出:山田和也
音楽:フランク・ワイルドホーン
出演:鹿賀丈史/マルシア/鈴木蘭々/戸井勝海/浜畑賢吉/丸山博一
   宮川浩/大須賀ひでき/荒井洸子/有希九美/阿部よしつぐ
   大江尚穀/岡田誠/石山毅/岩田元/小関明久/中西勝之
   園山晴子/真樹めぐみ/平澤由美/秋園美緒/Akane

ほーやっぱり、違うなぁー。
何と違うかって“宝塚”と比べると違うなー

話の筋がしっかりしてます。

っていうか、このくらいの筋の通り方が普通なんだよ、きっと。

宝塚とこちら、ジキハイを連続で見てみて、ちょっと気がついたことが。

私、宝塚見るようになってミュージカル好きになったと思ったけど、
やっぱりまだ微妙な抵抗が残ってるわ。
残ってるし、これって消えるものではないような気がする。

こういう西洋?の曲に日本語って合わないんじゃないだろうか。

もの凄く簡単に言うと、ダサいよね。

日本語自体がダサいと言ってる訳じゃない。
私は日本語が好きだよ。
正しく使えていないかもしれないけれど、好きは好きだ。

なんだか野暮ったいというか、生ぬるいというか、
ミュージカルで聞く日本語って、良いと思えない。

たぶん宝塚見てるときは、
一度“宝塚”っていうフィルターに、全てを通してから観てるのね。
まず第一にタカラヅカとして見ているから、
ミュージカルとしてどうこうより“タカラヅカ”であることが先に来る。
だから正直、歌とかどうでも良くなっちゃう部分もあるんだよ。

でも、こういう公演だとフィルターなく、
ダイレクトに“ミュージカル”なので、私はやっぱり違和感を感じるんだ。
で、その違和感の元が日本語のもっさり感なんじゃないかと今日見てて思ったわけ。

そして今日、気がついた(というか知った)こともう一つ。

This is the momentってズンコさんの歌じゃなかったんだぁ!!!!

いや、この歌は姿月あさとのものだと思ってましたから私。
救いようがないけど事実。

なんか、この曲知ってる、私、歌える・・・
今日初めてのジキル&ハイドなのに・・・
ズンコさん、ズンコさんだ、ズンコだよ、
ズンコさんのThis is the momentだ!こっからだったのかっ!!

鹿賀さんファイナルだってのに、
鹿賀さん頭の中で削除されちゃって、姿月あさと登場。
あーもう、ビックリしたよ。
良い曲だよねーThis is the moment。好きな曲です。

鹿賀さんは日本人なのに、西洋人っぽくって、
声も良すぎて、技術もあり過ぎて、とにかく上手い。
でもこういう人は私のタイプではない。
それも今日また実感。

とういか全体を見ても、みんな日本人体系なのに、
ドレス着ちゃったりだとか、燕尾着ちゃったりだとか、
そういうのもアレなのかも。
第一、私はいつの間にやらヅカファンでして、
偶然、前に春野寿美礼のタキシードを見てきてるんですよ。
いくら鹿賀丈史といえども、春野寿美礼の燕尾やタキシード姿には敵いませんて。
所詮、ヅカファンの戯言かもしれませんが、事実だって。
まぁ比べるべきものではないのかもしれないけど。

マルシアが想像以上に凄かった
歌声迫力満点で、色気振りまいて、
でもその中に悲しみと、あどけなさすら漂う女らしさを魅せて・・・
マルシア観てるのが一番面白かったな。
とにかく凄い。芸能人だな。芸だ、芸。
バラエティで見るマルシアとは別人。
マルシアを見るためだけに、この作品見に行っても元は取れると思うよ。

ランランは、もっと自信持っていいと思う。
例えば極端な例だけど大竹しのぶ。
スウィーニートッドの時のあの歌声。
大竹しのぶの押し出しの強さの半分でもランランに加われば、
もっと良くなるはず。
歌えてるもん。
でも歌うことだけで精一杯なんじゃないだろうか。
大竹しのぶも歌えてたよ、歌えてたけど、
彼女はその前に人物を生きてるから、そこから別の迫力が生まれてた
それがランランにはない。
役の人としての魅力が、想いが歌の中にも見えてくるといいなぁ。

ジキルとハイドの年齢は、鹿賀さんの実年齢より若い。
というのをインタビューか何かで見たけれど、
確かに、年齢の違和感は最後まで拭いきれなかった。

鹿賀さんと並ぶと婚約者(ランラン)は娘ぐらいに見えるし、
そうするとおのずとランランの父と同年代だし、
ジキルの友達も青年っぽさが残ってるし・・・

この辺はうーん?

舞台美術はさすがですね!といった豪華さ。
照明もジキルとハイドの2人格の差を際立たせる役割も担っていたりで、
見ごたえもあった。

ジキルとハイドの演じ分けは、
最後のほうはちょっとやりすぎじゃないかと。
2重人格の苦悩はわかるけどさ、
あぁもハイスピードで人格があっちいったりこっちいったりじゃ、
苦悩というか、ただ単純に変な人だったよ。
映像ならOKかもしれないけど、舞台だとキツイ。

途中のね、ルーシーを追い詰めるハイドとかは良かった。
ハイドの存在には常に恐怖を感じた。

あの本当に飲んでる?赤に光る液体は一体なんなの?
なんで出来てるの?
妖しい上に、光って目立つ。
この薬を目立たせるのは正しい。
これが目立たなくっちゃ話が始まらない。

素直に見て良かったと思えた舞台ではある。
あーこういう世界もあるんだ、と。
でも、ハマりはしないかな。



鹿賀丈史ファイナルの文字につられて、初ジキハイ。でした。
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Comment
厳しい制約
すごくわかりますそれ。

日本版の海外ミュージカルを観た後(または観る前)に、原曲のCDを聞くと、日本語はミュージカルに不向きな言語なんだなぁと思います(笑)

西洋の言語ならひとつの音符に単語がひとつ入れられるけど、日本語だとひとつの音符にせいぜい1文字か2文字、盛り込める情報量が違うのに、同じように展開しなきゃいけないのって、厳しい制約ですよね。訳の良し悪しに関係なく、損なわれる何かがあるような気がしてなりません。

日本語だって、美しい言葉なのになー。
★青瑪瑙さん★
響きの問題とか、語数とそれに伴う意味・・・
やっぱり日本語ってミュージカルには不利ですよねぇ!?

あと無理して西洋人ぽくなろうとしているところにも、
違和感を感じました。ちょい痛々しい。
鹿賀さんは痛々しさもあまり感じさせず、すっと溶け込んじゃってるところが、
逆に『タイプじゃない』と私に思わせる原因なのかもしれません。

日本人が、日本人のまま存在していられる楽で、
上質なミュージカルに出会ってみたいなぁー

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