3/16 春琴

2009年03月17日
saien

2009年3月16日『春琴』@世田谷パブリックシアター

原作:谷崎潤一郎
演出:サイモン・マクバーニー
出演:深津絵里/チョウソンハ/本條秀太郎(三味線) ほか


芝居を見るのは、ある意味自分との戦いでもあるよなぁ、と改めて実感。
体調も良くないと、良い芝居が良く見えない。
集中力にも欠けちゃうしなぁー
たまに、全部がピタ!って合う日もあれば、そうじゃない日もある。

今日、そうじゃない日。
朝から頭ぼーっとしたままでスッキリしない。
そのうちスッキリするかな、と思ってたけど、そのまま。

っていう、言い訳を前提に再演『春琴』の感想を。

なんだろう、初演の時の方がもっと言葉が少なくて、
もっと想像の余地があった気がするのは気のせいかな。
もっとじんわり深く伝わってきたような気もするし、
ま、それこそ自分のその日の感じ方だから、比べるのも難しいんだけど。

今日、自分の体調もだし、でもそれ以上に始まった瞬間、
「この状態、無理でしょ?!!」って思ったことがあって・・・
あの、仕方がない、仕方がないんだけど、
音響台?の明かりが・・・

この舞台、「闇」に見えないことの、美しさを見出す舞台じゃないですか。
なのにその「闇」が、「闇」にならないんだもん。
無理だよ、仕方がないけど、無理っ!!
チラチラ目に入る明かりが、うざったかった。

深っちゃんの声は、初演の時以上に、鮮烈で印象に残った。
無理してあの声を出してるんじゃなく、
もう自由自在にあの声を出せている風。
人形を動かす時の動作も、無駄がなくて綺麗。
自身が春琴となって、声を出す、叫ぶ場面は圧倒された。
もう、本当良い女優さん。好き。

動作が綺麗と言ったら、チョウソンハさん。
あの若い佐助の動きは見ているだけで、惚れ惚れする。
なんて綺麗な動きをするんだろう。
あの佐助の後に続く佐助は大変だと思う。
実際、私の中でチョウソンハさんの佐助から、
次の佐助にイメージが若干繋がらないようなところもあった。
動きが違うから。
ちなみに背中もキレイ。

初演と再演。
初演の事細かに覚えているわけではないんだけれど、
でも、初演の時の方が佐助と春琴の関係が、官能的だった気も。
口に老人の老で・・・嗜虐的な・・・わかり易くいうとSMのS的な。(笑)
その辺の感情が高まっていう様子が、
あっさり私の中では流れていっちゃって、
ここが流れると、最後まで流れちゃうような、ね。

でもやっぱり、最後の三味線がつぶれる、
あのみしみしって音に、もの凄く刺激された。
あの三味線。
春琴と佐助が一体となるための、一つの道具。
闇に生まれる美。
その三味線が、雑踏の音に踏み潰されるような。
皮肉、なのかな?

あぁいう美があるってこと、常に感じていることはきっと不可能だけど、
こうやって、こういう舞台に出会える事で、
あんな美しさがあるってことを知ることができる。
確かに感じた感覚として、自分の中に残すことができる。

どうしてかは上手く言えないけど、
そういう感覚を知っておくこと、記憶しておくことって、
きっと大切なことなんだと思う。
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