2/19 パイパー

2009年02月20日
新作を楽しむ。
2009年2月19日『パイパー』@シアターコクーン 19:00

作・演出:野田秀樹
出演:松たか子/宮沢りえ/橋爪功/大倉孝二/北村有起哉
小松和重/田中哲司/佐藤江梨子/野田秀樹
コンドルズ(近藤良平/藤田善宏/山本光二郎/鎌倉道彦/橋爪利博/オクダサトシ)
  
1月7日→1回目


「あたしたちの知らないところで、とっくにあたしたちの幸せが決められていて、
 その幸せの終わり方まで決められていたなんて、こんな話があっていいの?」

どうですか?

っていう、作品か、な。
ちゃんと観てれば、これ以上ないほどわかりやすく、
ギリギリまで踏み込んで、叫んでること、
ちゃんとわかるのに、ちゃんと聞こえるのに、
聞こえる自分と、聞こえなかった自分、
半分半分で存在するんだなぁ、私の中にも。

聞こえる自分。
せめて聞こうとする自分を大切にしていかなくちゃいけない。

決められた幸せの値。
パイパー値「0」に逃げ惑う人々の中。
絶望に触れてなお、その場に立つことができる、
立っているだけで良い、でもそういう人間でありたい。
見せかけの「0」に惑わされない。

それが「人間・・・・・・であること。」なんじゃないですか?

ずっとずっとずーーーっと前から、野田秀樹が鳴らしている警報。
昔は注意報だったのに、今は警報を鳴らさなきゃいけなくなっちゃったんだね。

その警報が届かない人もいる。
もちろん届く人もいる。
野田さんは最近良く、「自分のお客さんは良いお客さんだから。」って言う。
これ、ひねくれて、ひねくれて、一転した所から生まれた本心だと思って聞いてる。

野田さんは、
『希望も絶望も、どちらも「絵空事」だ。』
って言ってくれるから、だから私は安心して野田秀樹が好き。
って言えるんだと思う。
なんていうのかなぁ、「絵空事」だけど、そこを踏まえた上で、
でも信じてみてもいいんじゃないかな?って思わせてくれる所が好きなのかな。
野田秀樹はビオランでも、ゲネラールでもない。

ダイモスは鎖骨におはじきが埋め込まれていない、
「知らない」が故の「希望」の存在。
フォボスは「知っている」が故の「絶望」。

骨、骨、頭蓋骨、いずこも同じ、生きるのに用のある物は、消費され、略奪され、
この世から消え、生きるのに用のないものだけがいつまでも残っている、
人間を食う。それでも生きる絶望の世界。
でも生きる。着て、生きる。
人間を食っても人間だよ。
それでも生きる。
痛みも苦しみも知っているけど生きる。

人間・・・・・・であるから。

もう失いかけているかもしれないけど、
それでも、完全に消し去らないで生きることを、人間であることを続けませんか?
っていう、問いかけじゃないかな。
一回ゼロに戻さないと、どうにもなりそうもない。っていう絶望が野田さんの中にあって、
だからあんな表現になるんだと思う。

でもリワインド、0まで巻き戻された火星、
その30年後「希望」、ダイモスは、花の咲く火星を歩き始め、
ペールギュントも帰ってくる。
これだけえぐっても、えぐった心に、別の暖かさを持たせようとする。
深く優しい。
深く冷たいけれど。

フォボスの「行くの?行けるの?」がお母さんみたいに暖かくて、
優しくて、ダイモスの全部を包んでくれたみたいだった。
ダイモスもその姉の想いに応えた。
フォボスとダイモスが抱き合う場面は、お互いのお互いに対する愛情というか、
今までの全ての想いがギュッと詰まってた。

ここで反発し合っていた、フォボス(絶望)とダイモス(希望)が解り合えるのは、
フォボスが希望を信じて、ダイモスが絶望を知ったからだと思う。
母の死者のおはじきに触れたから。

フォボス、ダイモス、たいていこの二人のどちらかにだったけれど、
もの凄い感情移入して観ていたせいか、終わってドッと疲れた。
ダイモスの母が、人間を口まで運んで、左手が右手を止めるまで・・・
なんだか同じように硬直して、緊張してしまったような気がするよ。
松さんが息を抜いた所で、同時に息を抜いた。ふうー

あ~結局ビオランが支配していた世界から、
ただ、ゲネラールの世界に、金星に言われるがまま、動いただけなんだなぁ。
火星人たちが金星へ、我先にと向おうとするのだって、
結局「0」っていう数値を信じ込む、その呪縛から逃れていないからであって、
特別金星のゲネラールが正しいわけでもない。
野田さんのゲネラールが胡散臭くてたまらなかったのは、そのせいか。
もちろん、ビオランのあの熱し過ぎた感じも同様。
危ない、危ない。

今回、たくさんの出演者がそういう大衆を表すのに一役買っていたって訳だ。
ビジュアルとしてもわかり易く、一人ひとりが本気だから、感情面でもより、リアルに。

もう、ここまで自分の中で観て感じたら、別に回数見る必要ないや。
これでおーしまい。
野田さん、カーテンコールの最後、
一人でお辞儀する時、「ありがとうございました。」って呟いた。
せわしない感じでお辞儀するんだけど、「ありがとうございました。」って。
いいえ、本当に本当に、こちらこそ、
ありがとうございました。
一緒に、火星まで行けちゃったもん、今日は。
骨伝道の死者のおはじきも、一緒に体感。
だから、やめられない。

今日見て思ったこと、感じたこと、忘れないように。
鎖骨のおはじきに記録、記憶。
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