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わが魂は輝く水なり 感想2

2008年05月21日
まだ書き足りないので、『わが魂は輝く水なり』の感想2。

野村萬斎。
彼、凄いんだね。
口跡鮮やか、そして何よりあの気迫。
数々の死線を潜り抜けてきただろうことに、
説得力を持たせる、あの殺陣、身のこなし。
素晴らしかった。
ちゃんと年老いた上での動きになっているところも良し。
彼が全身に力を入れて敵を威嚇する時、あれですよ、孫悟空ですよ。
気を発散して、雑魚なら簡単に蹴散らすことができるでしょ、悟空は。
「あ、あれ、漫画の中だけじゃなくて、現実にも起こりえることなんだ。」
と思った。
気が、すぱっと飛んできたんだもん、私のところまで。

最期、おしろいを塗って、滑稽に若返っていく場面。
ここは友達と話しても同意見だったんだけど、
私も友達も笑っていいのは、最初におしろいを塗った時だけだろう、と感じた。
口紅を塗って・・・っていうのは、あれ死に化粧みたいなものだから。
滑稽だったけど、あれは滑稽さも含めて、死への確かな道筋な訳で、
滑稽であるからこそ、輝る場面。

五郎とのおかしみのある場面もまた良し。
親子の関係がきちんと見えて、息も合っている。

伝統芸能の中の人たちって、やっぱり能力がもの凄く高いですよ。
菊之助にしてもそうだし、あと六郎を演じた坂東亀三郎さんにしても、
叩き込まれてきた確かなものを、持っている人たちだと感じる。
違う。身のこなしや発声、持っている雰囲気が。
こういう役者を生み出せる土壌が日本の演劇界にあるってことは、日本の誇り。

父親に対する複雑な思いを五郎や六郎は持っていて、
そこが彼らの実生活にも繋がるのが憎らしかった。
萬斎さんにしてもそうだし・・・
狂言、歌舞伎に携わる人たちとして彼らを見ている部分があるから、
どうしても彼らが父親に対する思いを語ると、リンクしてしまう。
それで良いんだと思うし、それが狙いだろう。

尾上菊之助。
彼は、登場シーンから浮いていた。
存在が浮いていた。
菊之助が幽霊の役、ってのはなんとなく知っていたけれど、
でも冒頭の場面で「なんとなく」が確信に変わる。
歩き方が違う。

この舞台、時折吹く風がとても綺麗だった。
菊之助演じる五郎の衣が、そして髪が風に揺れる。
これだけで、本当に美しい。

菊之助さんも口跡が良い。
台詞が安定している役者さんってのは、安心して見ていられるんだなぁ。

常に哀しさを抱えていたような。
哀しかったけど、暖かい存在でもあったように感じられた。
実盛が見た夢だったのか、それとも現実なのかわからないけれど、
五郎がいたおかげで、実盛は最期まで一人にはならなかった。
実盛の妄想の中の存在だったとしても、それでも五郎が救いだったはず。

五郎、可愛かった、すっごく。
なんであんなに可愛いんだw
ちょーっと父を小バカにしているというか、そういう態度がもの凄く可愛い。
だけど父親を尊敬していただろうし、愛のある目で見守っていたよね。

現実と夢の狭間を行ったり来たりするような不安定な舞台の中で、
彼が道案内をしてくれた。
幽霊の彼が道案内、この戯曲らしい。
美しかった。

秋山菜津子。
私はこの人の中に、夕暮れの海を見た。
熱く絶えず打ち寄せる赤い波のような心情。
時に激しく狂い、時に穏やかで優しい表情を魅せる海。
そんなものが彼女の中に宿っていたような気がする。

私は秋山さんが好きで、どの芝居を見ても、
秋山さんの心情に、自分を近づけてみたくなる。
巴の中に渦巻いていた狂気や、穏やかさ、強さ、弱さ、女らしさ、気高さ、哀しみ・・・
めまぐるしく移り変わっていく巴に、どうしても近づきたかった。
で、少しだけこの感情をおすそ分けしていただく。

秋山菜津子が居るところまではいけないけれど、
少し理解できる。彼女の激しさが。
ちょっとだけ私の中にも巴と同じものが宿る。
気持ちが落ち着かなくなる。それでも巴を理解したい。

秋山菜津子が演じると、どうしてもこうなるらしい、私は。

昨日はNHKのカメラが入っていて、カメラが入っていたからなのか、
ちょいちょいハプニングが。
まず実盛の刀が、コロコロと転がって、客席に落ちてしまった。
いつ拾いに行くのか、客席はハラハラ。
場面が落ち着いたところで、萬斎さんがなんてこともなく客席に下りて、
刀を拾い、芝居に戻っていった。お見事。

そしてもう一つ。
五郎が枝垂桜から姿を現す場面。
五郎の髪に引っかかって、桜が一本抜けてしまう。
菊之助さんはそれに気づいていたのか、いないのか、
しばらく髪に桜がついたままなのに、完全無視。
自然に桜は下に落ちて、ずーっと舞台上にあった。
気になって仕方がない。

場面がいくつか過ぎてから、巴の登場シーン。
実盛と巴が語り合う。
ここで秋山さん、落ちていた桜を、
さも森の中に生えていた草木を手にするかのように拾った。
あまりに自然な動作にゾクっとした。
んだけど、秋山さん、次の台詞をキッカケに桜を投げた。

え、投げちゃうの?

と驚いたけれど、わかってて投げましたよ、秋山菜津子は。
襖・・・とはちょっとちがうけど、
襖みたいに場面をシャットアウトする紗幕の内側に投げたの。
閉めれば目に入らなくなる所目掛けて投げてた、秋山さん。
その拾った桜を投げてしまうってのが、また自然に巴で。
巴だから一瞬桜を愛でるだけで、あとは捨てちゃうんだよ、きっと。
更にゾクゾクして、やっぱり秋山菜津子が大好きだと思いました。

一度、誰?と思ってから、気がついて驚いたのが、大石継太さんだ。
何、この人、こんな役も、こんな魅力的に出来る人だったの!?
私が大石さんを認識したのは、当然最近で、
蜷川シェイクスピアの道化をやってるイメージしかなかった。
それがあの狡猾かつ、脆い兼平を。
『あぁ、なんか横田さんに続くな』ってのをすごく思って。
昔の大石さんを知らないけれど、
この兼平が大石さんを大きくしたんじゃないか、って気がする。
絶対的に良いよ、大石さん。

また意外で面白かったのが、もちろんケレアだ。
長谷川博己さん。
真面目だなぁ、真面目に真っ直ぐで、可笑しかったよ。
なんでみんなが走っていった方向と逆に、とことこ歩いて行っちゃうかな。(笑)
結構絶体絶命の状況でw

もしかしたら、彼が一番まともな人間なのかもしれないと思った。
まともって言い方が正しいかは疑問だけれど、
彼の存在だけ、周りからは浮いていて、そこだけぽっかり穴が空いているみたいだった。

とにかく面白いですよ、彼の存在はw

永遠の仔の子、邑野みあ。
あーなんか、突っ走ってる感はあるものの、
制御と発散のバランスが上手くとれるようになったら、化けるかもしれない。
もっと経験積んだら面白いだろうなって感じがする。
松たか子系っていうか。
蜷川さん、もっと邑野みあを苛めてみてください。
タメの子が頑張ってるのを見ると、負けてられないって私も思うから。

特に気になった役者さんはこの辺りでしょうか。
で、この舞台凄かったのが、セットですよ!照明もだけど!

やりゃできんじゃん!!(笑)

あの場面転換は驚きの連続です。
照明と相成った、海の景色の美しさ。
演劇楽しい、演劇楽しい。
紗幕を引いてのカーテン前の芝居と、舞台全体を使った芝居。
この変化が早い、早い。
次々と変わる場面が、魅力的だった。
そんでもって、どの場面もいちいち綺麗だった。
夢みたいだった。

照明も同じように、どの場面でも綺麗だったけれど、
特別語りたいと思う、あのラストシーン。
あの色とあの香りは私、光が巴だったように感じたんだ。
水、巴、そんな中に実盛が堕ちていく。
沈んでいくイメージが、ばーって広がって、
水の中を沈むからゆらゆらして、きらきらして。
どうしようかと思いましたよ。

どうしようもなかったです。

ただただ見惚れる他なかった。

もう一度見て、もう一度あの感覚を味わいたくなる。
友達とも、もう一回見に行こうと約束。
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5/20 わが魂は輝く水なり

2008年05月21日
wagatama

2008年5月20日『わが魂は輝く水なり』@Bunkamuraシアターコクーン

作:清水邦夫
演出:蜷川幸雄
出演:野村萬斎 尾上菊之助 秋山菜津子 大石継太 長谷川博己 坂東亀三郎
    廣田高志 邑野みあ 二反田雅澄 大富士 川岡大次郎 神保共子 津嘉山正種


わが魂は輝く水なり
わが魂は輝く水なり
わが魂は輝く水なり

感覚に当てはまる言葉を探した。
自分の中に言葉がないか、探した。
感覚を言葉に変換できないか、探した。
でも、今の私の中にはその言葉はない。

あの感覚をもう一度蘇らせる言葉は、
あの戯曲の中、あの舞台の中にしかないんだと思う。
今は。

戯曲の中の言葉が、私の心情を寸分の狂いもなく表す言葉。
だけど私はその言葉を思い出せないし、
自分でもう一度創りだす事もできないよ。
なんで清水さんは、あんな言葉を生み出すことができるの?

だから名前に戻った。
『わが魂は輝く水なり』
これが全てだったから、覚えている言葉はこれしかないから、
だから名前に戻るしかなかった。

私自身の濁りを感じた。
もっともっと深く潜り込まなくちゃ。
自分にとって浅くなった言葉に楽してしがみつくのは、もうやめよう。
初めて野田秀樹の言葉に触れた日のように、
もっともっと苦しんで、もっともっと純粋に言葉を探そう。
探す自分と、育てる自分。
最近、両方とも止まってたんだなぁ・・・
動かしてるつもりで、全く動いてなかったんだ。
もっと高く、もっと前に、もっと遠くに進みたい。
進みます。進めると思います、だって好きだから。

難しいけど、ワクワクして仕方がない目標だなぁ。
何をしたらもっと純粋に舞台と向き合えるのか。
向き合うために何をして一日を過ごしていくか、考えるだけでワクワクする。
楽しい。

このタイミングで、自分の驕りに気がつかせてくれる舞台に出会えたことが、嬉しい。
運命感じる。
ずっと自分では見て見ぬふりをしていたことだったけれど、
強制的にそこに目を向けさせて、進むべき道を教えてくれたから。

いつぐらいからかな。
明確にはわからないけれど、
形式的に感想が書けるようになった、というか、
形式的に感想を書いてしまうようになっていたんです。
より的確な言葉を探すことをやめて、
今まで使ってきた適当な言葉を、感覚に当てはめることを覚えたっていうか。
ある程度の感想なら、すっごく楽に書けるようになってました。
なんの迷いもなく、でも適当に。

苦しまなくなったけど、新鮮さもなくなったし、感動もなくなった。

苦しんでもいいから、いつまでも鮮やかでありたいし、心動かしていたいよね。

『わが魂は輝く水なり』は久々に苦しいんだ。
今までの言葉じゃ処理できなくて!
でもそれが嬉しい!

人もだけど、それ以上に、作品にきちんとさよならを告げたい。
この子、そんな子です。
また会いに行く。

役者さんについてとか、セット、照明について・・・
とにかく色々触れたいことがあるんだけど、
今日の時点では一つだけ。
邑野みあって、『永遠の仔』に出てた子役の子だよね?
『永遠の仔』、当時の私には難しくて、内容も覚えていないけれど、
凄い雰囲気のある一筋縄ではいかない子役が3人揃ったドラマだった、
っていう印象が強くて、その一人が、邑野みあ。
あとの二人が、勝地涼と浅利陽介。
もしかしたら?と思って、帰ってから検索かけてみたら、ビンゴ。
同じ年か。いいな。

あともう1個これだけは!
わかる人にしかわからないけど、
わかる人は、絶対にわかってくれると思う・・・
佐為!!!!
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