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野田版 桜の森の満開の下 初日(とマイコプラズマ肺炎)

2017年09月03日
6月2日のことでした。
友人から歌舞伎美人のURLと共に、「野田さんだよー!」とLINEが入ったのは。

ついに…!
と涙が出そうになったのと同時に、あわあわそわそわして、そうこうしている間に、また、
ついに……!!
という思いが深まり、泣きそうになって、いやそうか、そうなのか、
ついに………!!!
を繰り返した結果、LINEにまず、

「猿弥さんがでるーーー!!!!!!」

と返信をしたのがはじまり。

「そこ!笑」

って言われたよ。
感慨に浸り、頭がショート寸前だったんだよ。
このLINEをもらって、すぐ、初日はなんとしてでも駆けつけなきゃと思い手帳に日程を書き込み、ソワソワすること3ヶ月。

ついに、だけど、案外すぐにやってきた、2017年8月9日。

理由はあると言えばあるのですが、電車では銀座を二駅も通り過ぎるし、『桜の森の満開の下』をこれから歌舞伎座で観るんだと思うと鳥肌立つし、開演前にお茶した友人には「落ち着いて」と何度も言われるし、お前出るのかよ、出ねぇよ、たぶん出ねぇけどずっと鳥肌立ってるし緊張してんだよ、もうわけわかんねぇよ、幟に歌舞伎座初日ってあるよ、観る前から泣くわ、今日観られるなんて泣くわ。野田さん。好き。

みたいな、精神状態。(こわい)
浮き足立ったまま筋書買って客席座ったはいいものの、咳が出そうで、んなこと許せるかと木挽町広場のセブンでヴィックス買ってとにかく口に入れて、鎮まれ…!と喉に強い念を送り、まずは野田さんの舞台初見時の自分の恒例、挨拶文を読む。

あいさつが
七五調だよ
まいったな

勘三郎さんを失ってからの野田さんは大人と子供のバランスが不安定で、がくがくっと精神が子ども帰りしてしまった部分があるに違いなく、こっちが赤面するぐらい勘三郎さんへの愛を隠さずにい漏らしている時があって、この筋書きに載っている挨拶もそうだった。
でも少し踏み出しもしている挨拶文。鬼を背負って満開の桜の森の下に座り続けてしまう、呪われた、美しい創作者の覚悟。
この人が好きだと私はこの文章を読んだだけで思う。胸がいっぱいになる。

野田秀樹に出会えてよかった。


作品が本当によく見えたのは2回目を観た時だと思う。
初日は、目の前の景色を言葉を身体にいっぱいいっぱい入れて、それが全て夢みたいで、掴みたいのに掴みきれない部分がたくさんあった。
ただ『桜の森の満開の下』がそこにあったことがおそろしくも幸せだった。

カーテンコール、終わった、と、たぶん、おそらく、舞台には出ていなかった私は、茫然と拍手を送る。
いまこの時、この舞台に出会えたことへの感謝を込めて、拍手を送る。
やっと出逢えた。待っていた。

あぁ役者さんみんな誰かを探してるな〜
あぁ探すって野田さんしかいないか〜〜

ぼーっとしていたら、左横の花道が明るくなった。

パッと光った歌舞伎座の花道を、野田秀樹が駆けて行った。

もともと泣いていたけれど、あの野田秀樹の軽やかさと駆ける後ろ姿の尊さに、決壊しました。

勘三郎さんが駆けられなかった歌舞伎座の花道を野田秀樹が駆けて行った。

あの姿にあんなに涙が溢れたのはなんだったのか、いま、また少し分かった気がする。

あれは、足跡がついた瞬間だったんだ。

形の残らない舞台芸術や肉体の芸術だけれども、野田さんが初めて新しい歌舞伎座の花道を、お客さんがいる前で走って行ったあの瞬間は、私に確実に足跡を残した。
どうしても泣きが入る、ウェットになる、勘三郎さんへの想いが消えないから、早過ぎた肉体の死まで劇的で、どうしても野田秀樹と中村勘三郎を分けて考えられない。
分けられたら、勘三郎さんが耳男だったら、こんな感慨を抱かなかっただろう。
でも現実、勘三郎さんはおらず、舞台の中心にはその息子二人がいて、その舞台を作演出したのが勘三郎さんの盟友・野田秀樹。

泣きの要素が揃っているのも運命、とボロボロ泣いて、足元に落ちた一枚の桜の花びらを手に取り、野田秀樹がまた好きになってしまって、どうすんだよ、この後に及んで更に好きになるとか、まいった、っていうかもはや絶望じゃん、好きだわ……と打ちのめされて、気が付いたら家にいました。


翌10日は、米倉涼子を愛でるお肉ツアーに出かける予定で、これもまたウキウキしてたんですけど、明け方5時ごろだったか、今まで体験したことのない激しい悪寒に襲われました。
吐くかと思ってトイレに行くも、なんともなく、全身の寒気だけは収まらず。気が付いてはいたけど桜の森初日、2、3週間前から咳は止まらないわ、体調不良だわ、な自覚はあったな、そういえば!

でも私は米倉が食べた肉を友達と食べるの!!!!!
無駄にロマンチックなロケーションでの無駄なお散歩するの!!!!!

と、熱意と情熱と熱い想いで悪寒をマジでおさめ、起きたらそこそこ好調。

あ、、、霊感はないけど、これは桜の森から何か引き連れて帰ってきちゃったんだな…そうか。。。

とマジで思いました。
そのくらい、結構頭おかしい感じで思い入れてたような気もするので(笑)


でもね、違ったの、お肉食べても、無駄にロマンチックなロケーションでの無駄な散歩のお供しても咳出まくって、超うまい焼肉屋さんで、トチ狂って疲労回復ヒアルロン酸サワーとか飲んでも咳出まくって、机に突っ伏しながらも肉食って、小雨の中、渋谷まで歩いてたら、次の日ね、

39度近い熱が出たの!!!!!!
桜の森の満開の下、こええぇぇぇぇぇえーーーーーー!!!!

インフルエンザでもまあ食べようと思えば何か食べられる私が、この私が、何も口にする気が起きず、ひとりで病院に行ける気もせず、部屋の階段降りたら力尽きて階段に座り込み、それでもなんとか病院に行き、これなんなんすかね?夏のインフルエンザ?熱中症?つらいっす、咳しすぎて背中も痛いっす……と先生に訴えたら、レントゲン撮られ、採血され、喉の粘膜ぐぇえっと取られ、無心で検査結果を待つこと数十分。

マイコプラズマ肺炎ですね。

なにそれ、カッコいい。プラズマ。
なんか、よくわかんないけど今までかかったことのない病気だった。
よかった、この辛いの病気か。
辛いけど理由がわかると幾分か楽な気がするよ、うん、早く帰って寝たい、薬おなしゃっす。



朦朧とした意識の中、それでも想ったのは、桜の森の満開の下。
もう私、野田秀樹が作演出をする桜の森の満開の下の初日を観られたから、ここが今の最高到達点だったから、ここさえ、これさえ抑えられたら、ほかはもういいかもしれない。
桜の森が観られたから、あの桜の森が観られたから……

と、結構本気で思えました。
ここまで思える舞台に出会えたのは、観客として本当に本当に幸せなことだと思っています。

ありがとう、野田さん。
同じ時代を生きることができて、私は本当によかったです。



でも、表に出ろいっ!English ver.も観たいな。
米倉さんのCHICAGO千秋楽も、その翌日の歌舞伎座二部も観たいな。。。(体調おして観たわ)(ごめんなさい)(負けられない)

こんな欲ばっかりだよ、俗物なめんなよ。
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野田版 桜の森の満開の下

2017年08月29日
あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー、、、
やっと、やっと、やっと、やっと、やっと、出会えました。
『桜の森の満開の下』に。
この作品と出会えたことは確かに現実なのだけれど、
千秋楽を過ぎた今も、やっぱりあれは夢だったのでは?と思う瞬間が幾度もあり、
でもでもやはり、私は歌舞伎座で『桜の森の満開の下』を観たのだと、
そう実感を残しておくにはどうすればいいのだろう、
書き残しておこうかな、昔のように。
『桜の森の満開の下』に憧れ始めた昔のように、
言葉に残しておこうかと、ふつふつと思い立ち、
久しぶりにここにポッと出てみた。

私が観たのは初日と前楽の2回。
回数のことを言えばもっと間で観られたはずだし、
千秋楽だって観に行こうと思えば行けたに決まっているのだけれど、
なんだかちょっと怖いのと、
たくさん観たら薄れてしまうような気がして、2回に収まりました。

初日…の思いはあとあと書くとして、前楽ですわ。前楽。




野田さんがこれまでの呪いを解いてくれ、
そして新しく同じ呪いをかけてくれたような、そんな心持ちになりました。
それがすごくすごく嬉しくて、清々しくて、ものすごくすっきりとした気持ちです、今。

夜長姫の「お前がころがるなら、あたしもころがっていくよ。」あたり。
割と膨大な時間の、これまでの全てが雪崩れ込んできたような感覚なのに、
ひとつひとつが明確に理解できているようにも思えた一瞬。

あ、この瞬間のために、今までがあったんだ。
全てが、今、ここで、『桜の森の満開の下』を見るための布石だったんだ。

と、感じたんです。

まあ、、、
言葉にすると、改めてこうして、書いてみて、自分で目で見て、読んでみても、
なんてこの人、大げさな、ほんとに、まあ……と半分の自分は思うのですが、
もう半分の自分は、本気で「これが運命か」と滂沱し、打ち震えました。


・野田秀樹の舞台を初めて観たのは、2004年12月22日。
深津絵里が大好きだったんです。18歳で高校卒業前。
進学先も決まり、バイトも始めたし、
渋谷なんか数えるほどしか行ったことがなかったけれど、
深っちゃんを生で見たかったから、
『走れメルス〜少女の唇からはダイナマイト!〜』。
野田さんの名前は知っていたけれど、ただ名前を知っているぐらいだった。
こうして野田地図を観に行って、頭ぶん殴られたのが、
今から約12年ほど前ですか、そうですか。
深っちゃんの相手役、久留米のスルメは、
勘太郎時代の勘九郎さんだったのもサダメ感を高まらせる。

2004年が初野田さんなので、
当然新国立の深津、堤ver.の桜の森〜は見ていないけれど、
深津絵里も夜長姫、その相手役だった勘九郎さんが耳男。
メルスの千秋楽の客席には、確か勘三郎さんもいたよね。
そしてずっとそこにいる野田の秀樹さん。

芙蓉とスルメの姿が、舞台の上の七之助さんと勘九郎さんの姿と重なったと思ったら、これまでの全てが、サブリミナル的に頭をよぎり、
パズルのピースがパチパチと音を立てながら、
ものすごいスピードではまっていった。
そして、まざまざと浮かび上がったのが、この『桜の森の満開の下』だったのだと、
あの散る桜の花びらの中で舞う夜長姫と耳男だったのだと、
私にはもう、そう思えてならなかった。泣く。
これが妄想だとしても、もう、そうなんだから、そうなの!!


・メルスを観た後、野田秀樹は天才だと思いました。
いや天才なんか遥かに超えてないか?この人…え?人なの?神じゃないの?期間。
が、私には確かにあって、心酔して、メルスの時に、耳から桜の粉入れられたんだわ、って、2017年8月にやっと気がついた。遅え。

・そこから心酔が祟って、野田秀樹よりすごい人が演劇の世界にはいるかもしれないと、
王道蜷川幸雄などなどにも手を出し、ハマり、芝居見まくって激走していたら、
思いもよらないところに出て、その場がまた楽しかったり、苦しかったり、
大体緊張して吐きそうだったり、いろいろあって。
でも激走できたのは、野田さんがずっとそこにいたからで、激走したおかげで、
舞台と観客という関係性とはまた違うところで、野田秀樹を見ることもできた。
これは私の誇り。

・野田さんは勘三郎さんのことが大好きだから、私も勘三郎さんが好きだった。
中村屋が好きだった。
コクーン歌舞伎も桜姫から見に行くようになったし、
2005年の襲名披露公演で研辰をやってくれたから、歌舞伎座にも気軽に足を運べるようになった。
夏祭浪花鑑の勘三郎さんの団七。肉体の芸術の塊。
燃えるように駆けて行った、その残像は私の中に確かに刻まれている。
ものすごく美しかった。
こんなに格好良くて美しい肉体があるのかと、
あの時、コクーンのL側の中二階の立ち見から、
梯子を使った立ち回りを見て感じた。
目の前の団七、額の赤い三日月、熱。

・あの熱が永遠に失われた2012年12月5日。
12月27日、本葬。築地本願寺。
もう開いた瞬間電池がなくなってくようなガラケーでワンセグをつけたら、
野田さんの弔辞だけは綺麗に音声を拾ってくれた。
隣に並んでいたおばさまが、
「暖まりに行かなくて大丈夫ですか?」と優しく声をかけてくださった。
お焼香の香りも、その場から離れられず涙しながら立ち尽くす人も、
あの手を合わせた写真も、きっとずっとファンの一人ひとりにまで感謝の思いで、
頭を下げ続けていたのだろう勘九郎さんと七之助さんの姿も、
そしてリズム感抜群で飛び跳ねてた七緒八くんも、私の記憶の中に。

・また時が経って、今年1月、足跡姫。
野田さんが地球の反対側まで穴掘って、勘三郎さんを、
歌舞伎座の桜の森の満開の下に連れて行ったのを、これまた初日に目撃。
愛が深すぎる。
これだけ愛した人に、こんなにも早く先立たれた野田秀樹のことを思い、嗚咽。
初日の客席、終演後、ふわっと舞台を見つめていた勘九郎さんの眼差し。
泣いてばかりっすわ。

と、ちょっと大まかに「・」をつけてみましたが、こんな12年間の中の出来事が、桜の花びらの渦と一緒に茫然と一気に押し寄せてきたのですが、
それが重すぎもせず、不快でもなく、悲しいわけでも、嬉しいわけでもなく、
ただただ「必然」だったと思えた。

勘三郎さんの不在は今もなお、とても大きいもので、
またこの穴を見つめる必要はあっても、埋める必要は全くないと思っているのだけれど、勘三郎さんの不在があったからこその、中村勘九郎の耳男と中村七之助の夜長姫だった。
今、桜の森〜をやるのなら、この二人でなくちゃいけなかった、と思う。



野田さんに出会ってしまってからの、12年、一回り。
自分の身に起きたことさえも、すべてを含めて「必然」だと思わせてくれるほど、
『桜の森の満開の下』は美しく、深く、大きくて、儚いのに、強かった。
遊眠社は見られなかったし、新国立だって見てないし、
見られなかったの悔しくて、めちゃくちゃ憧れ続けた『桜の森の満開の下』。
今、やっと出会えた桜の森〜が、積もり積もった累年の憧れを優に超えて、
凄まじく綺麗で、全くわけがわからないのに全部がわかって、
可笑しくて哀しくて、美しくて、美しくて、美しくて…!!
本当に、本当に、嬉しかった。
演劇が生き続けていく、瞬間に立ち会えた。
演劇を見続けてきて、良かった。

走れメルスで野田秀樹に呪われて、
その呪いを桜の森の満開の下で野田秀樹が解いてくれました。

ぐさっとひと刺し、さよならのあいさつもせず、胸を突いて殺してくださった。
殺してくれたから、輪廻、また次の12年をしぶとく、
マナコのように、俗物として、ちゃんと生きていけるんじゃないか、
という気が、今は、する。


「好きなものは、呪うか、殺すか、争うかしなければならないのよ。」


呪って、呪いを殺して解いて、また新たに呪われた気がします。

そんな、もうね、そんなことされたら、おい、野田秀樹、
これから先も逃れられないじゃないですか、笑うわ。

そんな気持ちになったので、それではみなさんご一緒に、

いやあ、まいった、まいったなあ。




ですよね、ほんとに、本当にまいった。

野田秀樹が下り続ける坂道を、
私もずっとずっと後ろからゆっくりと、下って行けるのだろうか。
野田さんがころがっていくなら、あたしもころがってくよっ、と言いたいけれど、
俗物、終わりのない坂道はこわいよ!


初日観たあと、マイコプラズマ肺炎にかかった話も、そのうち書こうかな。
こちらも、いやあ、まいった、まいった。

12/21 十二月大歌舞伎 昼の部 夜の部

2010年01月12日
2009年12月21日『十二月大歌舞伎 昼の部 夜の部』@歌舞伎座

昼夜、歌舞伎座に居るのは辛い。
一人『コースト・オブ・ユートピア』だ。(しかも3階B席。狭い。)

昼の部はクドカンの『大江戸りびんぐでっど』、
夜の部は野田秀樹の『野田版 鼠小僧』。

この二人の名前が歌舞伎座に並ぶのであれば、
見に行かないわけには行かない。
でも一日で両方見切ってしまいたかったので、昼夜連続観劇。
そして、一人コースト・・・と。
ずっと一人で寂しかったからたい焼き買って食べた。

大江戸りびんぐでっどは、ゾンビとなった人々を“派遣”と呼び出した所に、
妙な社会性があったとか言えばいいのか、少しハッとさせられた。
けど、そもそも私が睡魔に勝てなかったので、何も言えず。
(『東京月光魔曲』も眠くなるし、ここでもだし、12月しっかりしろ、自分。)

『野田版 鼠小僧』は映像では見た。
三太、重要だ。
清水大希君、上手かったんだ、やっぱり。

とりあえず見ておかねばという気持ちが先走った感じで、
情感とか、こちらもきちんと受け止められた気がしない。

ダジャレ交じりのしつこいぐらいの言葉遊びは、
あえて歌舞伎を意識したからなんだろうなぁ~
なんておぼろげに思う。

突っ走る勘太郎の目明し、あの走り出すと全く周りが見えなくなる、
妙なキャラクターに惹かれる。
勘太郎好きだ。結婚おめでとう。

筋書きに野田さんからの文章が載ってるので、
歌舞伎に限らず、久々、パンフレット的なものを購入。
このパンフレットの野田秀樹の文章ってのが、毎回好き。
上手いよなぁ、面白いよなぁ。
確かにいつまで「さよなら」って言ってるんだろうって思うよなぁ。

今の歌舞伎座に数えるほどであっても、足を運べたこと。
劇場の匂いを感じられたこと。
一つ財産になると思う。

初めて歌舞伎座に入ったのは、それこそ野田秀樹が見たくて、
勘三郎さんのお披露目の『野田版 研辰の討たれ』で、幕見席。
劇場に入った瞬間、ザワザワ血が騒ぐような・・・
そういう瞬間がたまにあって、すっごく好きだから、演劇も好き。

7/10 桜姫

2009年07月11日
2009年7月10日『桜姫』@シアターコクーン

もう最近は、高っいからパンフレットも買わなくなってしまったので、
昔買った、2005年の『桜姫』のパンフレットを引っ張り出して、
ザッと目を通してみた。

色々と変わってる~?

清玄と権助は二役で同じ役者さんが演じる事がほとんどなのに、
今回は役を分けていたり・・・
色んな変更に読み解く鍵がある気もするんだけど、
結局、そこには辿り着かず。
辿り着きたい!と思うほどの衝動も得られず。

にしても、あらすじ読んだだけでも、すっごい話だ。
ありとあらゆる因果が絡み合って、ごっちゃごちゃだ。
そもそも清玄が稚児と心中しよう・・・ってところから、
もうちょっと今の感覚で見ても、「あー清玄さん・・・」みたいな、
かなり衝撃的だし、
もう一つの大きいポイント、桜姫と権助にしても、
「あーお姫様なのに・・・」みたいな、ねぇ。

自分を犯した男の身体が忘れられなくて、
それで腕に入れ墨彫るお姫様ですよ?
で、しかもその焦がれる男が自分の最大の仇で、
桜姫自身は、清玄と心中しようとした稚児・白菊丸の生まれ変わり、と。

えらいこっちゃ。(笑)

そのえらいこっちゃをいっぱい楽しむのが、この芝居の面白さなんだと思う。
物語を動かすのは、結局桜姫の持つエネルギーにあるはず。

七之助は足りてない気がした。
綺麗ではあるけど、肝心な部分までどうしても響いてこない。
友達、
「七之助はね、頭の軽い、でもものすっごい綺麗なお姫様役とかが。
 一番似合うと思う。」
と言っていて、なんか納得。

この『桜姫』、七之助の為の演目なんじゃないかと思えた。
大きな役をやってみろ、と。
体当たりでぶつかって何かを得てみろ、と。
その七之助の挑戦を周りで皆が固めている。
そんな芝居かな、と。

なんだか、現代版にしても歌舞伎版にしても、
めちゃくちゃ戯曲読み込んだ人の、レアな解釈。
「あーあ~・・・読もうと思えば確かにそうともとれるかぁ・・・」
っていう、正統から少しズレたような解釈の元、立ち上がった芝居。
って感じがして。
読み込まれ過ぎてて、逆に普通にはわからなくなってるような。

あくまでもそういう感じがする、ってだけなんだけど。

一緒になってその深い所まで探っていけたら、
すっごく面白いと思うけど、
そこまで一緒に潜るエネルギーは、今、自分の中にはなく。
ちょっと上っ面だけなぞって、見ちゃったようなところもあるかな。

それなりに面白かった、で終わった感じ。

1/27 新春浅草歌舞伎 第一部

2009年01月27日
asakusa

2009年1月27日『新春浅草歌舞伎 第一部』@浅草公会堂

お年玉〈年始ご挨拶〉

一、『一條大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり)』
           一條大蔵卿  市川亀治郎
            常盤御前  中村七之助
           吉岡鬼次郎  中村勘太郎
            女房お京  尾上松 也
           八剣勘解由  中村亀 鶴
          播磨大掾広盛  市川男女蔵

二、『新古演劇十種の内 土蜘(つちぐも)』
       僧智籌実は土蜘の精  中村勘太郎
            平井保昌  中村亀 鶴
             源頼光  尾上松 也
            侍女胡蝶  中村七之助


勘太郎の土蜘が見たい。
と思ってチケット取ったけれど、14時前後から確実に睡魔に襲われた。
まだ一條大蔵譚の方が見れたよー・・・。

もう諦めるしかないぐらい、眠かったな、土蜘の時間。
土蜘自体がどうとかそういうことではなく、私がまずい。
ごめんなさい。

『一條大蔵譚』はまず個人的に亀次郎さんの踊りが好きだってことに気がついた。
アホを装いながら、そこから垣間見える知性。
最終的には、本当に知性のある人ほど、
遊んだり、気を抜いたりすることの良さを知っているのかもしれないな、とも思う。
亀次郎さんの表情、演技の切り替えが、見ていて面白かった。

勘太郎が衣装を含めて凄く見た目から格好良くて、
で、また、停止した時の身体のバランスが、やっぱり好み。
しみじみと好き。

なのに、土蜘で撃沈。

ホントもう、すみません。
でも無理でした。

そこまで毎日夜更かししているわけでもないのに、ダメでしたね。
蜘蛛の糸をいっぱい飛ばしていたとか、断片的な記憶はあるものの、
勘太郎の芝居がどうだったとか、もう言えるレベルじゃございません。

今日はそれなりに早く寝よう。
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