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希望のホシ

2015年10月13日
最初に、これから始まる芝居のダイジェスト(予告)がつくんですが、冒頭5分ですかね?見た瞬間に『あ、私はダメなやつだなぁ』と、なりました。
その理由として第一に、

「言葉の感じ」

と、でも言ったらいいのか。
私は引き算された、足りてないからこそ、想像で伝わる芝居の言葉、会話に魅力を感じるのですが、すぐ、「あ、この芝居逆だな」って。
例えば初めの方の、所轄と捜査一課が組んで事件を捜査する〜云々という、緒月さんのマジで説明でしかない説明台詞とか、そういうのが本当に苦手。

で?

ってなる。

自分と好みの合う脚本家さんだったら、本当にどうしようもない時しか説明でしかない説明台詞って書かない。
あと物凄い言葉乱射系の作家さんでも、もちろん好きな方いるけれど、溢れ出る感覚の乱射、だと思うんだ。
説明台詞が次から次へとテンポよく出てくるんじゃなくて、身体や頭から出てきた言葉が結果的に戯曲になってしまったのが好き。

稽古場映像を見たとき、この演出家さん、どっちに転ぶんだ?と考えた。

厳しそうだけど、その裏に熱さと愛情のある方だろう。
こういう芝居にしたいというビジョンも明確そうだ。
だとしたら、もしかしたら、キチンとした刑事モノに仕上がっているのかもしれない。
私が知らなかった、新しい面白い作・演出家さんとの出会いにもなる。

んんんーーー、とね、見終わって今思うのは、愛はあるけど、これは、

「演出という名の強制」

じゃないかなぁ〜…って。

そう思うのは、特に主要4人以外の芝居。
養成所に通ってます!的な若い子もいるんだろう。個々の演技力もきっと発展途上。
でも私は『ええぇぇ!?!?』とか、そんな同じリアクションを一斉に何人もがする、そのノリについて行く気がゼロ。
人と人ってあんな風に喋ったり、動いたりしない、リアルには。
芝居じゃん、と言われたらそれまでな、ただ好みのタイプの問題。
っていうか、でもね、緒月遠麻を従業員の台詞もないぐらいの役に入れてみたら、わかるよ。
キャラがもっと立つから。
なんか愛おしい人が生まれるから。
今回群衆じゃなくて、メインキャストだから、それできなくて残念だけど、緒月さんが演じれば、台詞なんかなくたって、一人の人になるんだ。
それを脚本と演出の力でまず成し遂げてほしい。
役者は思い通りに動かせるロボットではない。人だよ。

話の山場も娘の晴れ姿と父親(犯罪者)ではなく、刑事の信念に置くべきだと、思う。
あの刑事4人がもっと絡み合うエピソードの中で泣きを入れるのが筋だ。
犯人にたいした思い入れもないのに、同情だけを下敷きにした不自然なホテル従業員たちの共謀作戦、取って付けたようなお涙頂戴の感動っぽい再会…その様子をただ見てる主要キャスト4人…の図はやっちまったなぁ〜〜としか思えず、ここで泣かせる!と意気込んできた、その感覚の違いに、さぁーーー…っと血の気が引く思い。
散々石原プロの初舞台作品って煽ったのに、ヒーロー、ヒロインであるべき人たちがクライマックスで傍観者。というか、むしろクライマックスに至るまでを散々邪魔してるという怖い話。
ブラックコメディかよ。笑えねぇよ。

あーこまざわこうえん…
東京きゃらばん…松たか子…宮沢りえ…
のだひできのワークショップ見に行けばよかった……

ラストの希望する!!

連呼も苦手だ。
演劇ってこういうものでしょ、感が恥ずかしい。
私の好きな演劇はこういうものではない。

ああ、こまざわこうえん…
東京きゃらばん…おまつ…りえさん…
野田さん…

石原軍団の3人と緒月さんとゲーリーの5人辺りは、プロの役者だなと。
だったら、この5人辺りだけで芝居作れなかったんだろうか。

あと、そうだ音楽があまりにスーパーで掛かってる音楽っぽくて、ラスト、ビックリして、役者じゃなくてスピーカーを見ました。
「え、このタイミングでイオン!?マックスバリュー!?」
みたいな曲かかりますよね。やめよう。
だったら裕次郎さんが出ていた刑事ドラマやら、なんやらの、有名な曲をガンガンかけちゃうとか、なんかやりようあるはずだ。
格好良い音楽は、今やネット上にもTSUTAYAにも溢れてる。

ということで、もう一度言う、全体的にも、なんかやりようあるはずだ。

ブログずっと読んでますが、緒月さんが楽しい、笑えると言うものは、やはり私の趣味ではないんだなぁー、と改めて実感しました。
予想ハズレればいいなと思ってたけど、予想通り。
つくづく緒月さんとは趣味が合わない。
もう笑ってやってください。

いつか私も心から素敵だと思える作品に出演くれることを、希望します。
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7/5 草枕 千秋楽

2015年07月24日
草枕を実はまだ昇華させていなかったのです。
書くのです。

千秋楽。
すごく、暖かくて、官能的かつ可愛い場面があったので、その場面のことを。
官能的なのに可愛いかったんですよ。
これまで感じたことのない肌触りの空気感で、それを段田安則と小泉今日子の演技で味わえたことが幸せだった。

あ、惜しんでる。

と、二人のお芝居を見ていてふと思った。

今日でこのやり取りが終わってしまうのが寂しい。
でもいつも凄く素敵だった。楽しかった。魅力的だった。
だから、あなたのことが好きだ。

そう台詞の裏で、お互いに言い合っているように見えて、聴こえた。

小説を読む画工に無邪気に駆け寄り、漱石の真似をし始める那美。
英語の小説を日本語に訳し、読み聞かせる画工。
「この一夜をと、女がいう。一夜と男が訊く。一夜とはつれないこと、幾夜を重ねてこそという。」
そう訳す画工の顔のすぐ隣には、ちょこんと那美の顔がある。
時折視線だけが交わる。
相手の奥底の感情まで受け入れたような微笑。
そのときの通じ合った感覚といったら…言葉だけで、あそぶ二人。

千秋楽の最後の魔法が、ものすごく良い方向で働いたのを一緒に体感できた気がした。
ふわっと空気が変わって、「さみしいね」「うん、私もさみしいよ」って言いながら段田さんと小泉さんから駆け引きを楽しむ、大人の色気が香る。
濃くなく軽く、ふわっと。

また北村想の言葉だったから香ってきた色気だったのだろうとも。
どことなく軽やかで、茶目っ気があるというか、北村さんの草枕はそういう戯曲でもあると感じたから。

本当に良い場面を見させていただきました。
段田さんが幸せそうでした(笑)

普通に見てもザワッとくる、何百回と芝居を見ても、そこまで感じることのないザワッと感を、いま、一番好きな、興味を持ちまくっている女優さんの演技で味わえた、この喜び。
演劇的には、こういう瞬間が「美」を掴んだ、という風に言えるかもしれないな。



『草枕』の至福のひととき、でした。

7/20 朗読劇 約束

2015年07月21日
上から目線な感じですが、あえて言ってみますと…

ようこそ。
いらっしゃいませ。

という気持ちかもしれません。
男役、宝塚、という世界から出て、緒月さんがこちら側に来てくれた。

来ると思ってなかったし、広いこちら側の世界の中で、私が好んでいる場所と緒月さんがいる場所は結構…もうかなり離れていると感じているので、今後どうなるかが余計に未知。
本当に個人的には不安だったり、物足りなかったり、私の好きな世界をもっと知ってほしい、などとという生意気な思いもあるにはあるのですが、宝塚以外で女性を演じた緒月遠麻を今、ブログを書くにあたって思い返したら、

待ってた。

という言葉も私の中に浮かんできました。

本当にどーでもよかったんだなぁ、男役とか。
って、これ語弊ありすぎ?
いや、でも、どーでもよかったんです。私にとっては。

緒月さんの男役が好きだったし、心底格好良いと思っていたし、黒燕尾オールバックにシケありとか見た日は勝った…!ってなってたし、男役・緒月遠麻は唯一無二。

でも、どうでもいい。
そこ第一で応援し始めたわけじゃない。

演技が好きだった。
ただただ役者として惹かれた。

だから、スカートで、女性の声で芝居をして、男とホテルのスイートルームに2人きりで、抱き締められて、ちょっと道ならぬ恋的な雰囲気を醸し出されても、驚きもせず、これまでと何も変わらずに、緒月遠麻の演技を見ていられたなと思います。

違和感なくて、特別書くこともないぐらいですよ。
男だろうが女だろうが、何回やっても舞台に出るまで極度に緊張するんだろうし、出たら出たでやることやるし、服装だって元々女らしさ失わないラインの男役らしさだったし、ねぇ。

ただ緒月さんは、歴代のたくさんのトップさん達にも引けを取らないぐらい、きちんと男役というものを極めて宝塚を退団した方だと思う。
そのオトコを極めた人たちが女優として初めて舞台に立つとき、ほぼみんな「あれ?女性ってどうやって演じるの?」と迷宮入りして、数年経っても、その迷宮の出口を見つけられない人も少なくない。
緒月さんは、また動きがついたらどうなるかわからないけれど、心の面では迷宮の概念そのものがないんだろう。
男も女も人は人。
私は私。
あっぱれですよ(笑)

カーテンコールの挨拶を見聞きしていても、あのキャラクターは共演者をはじめ、きっとスタッフさんにも好かれるに違いないと思えた。
高木さんともなんか仲良し。
尊敬の念があるから、立てるところを立て、引くところは引く。
よく人を見て、その人の良いところをサッと見抜く力があるからだと思う。
またスタッフさんたちの中に、切羽詰まって栄養が不足した顔をした人がいたら食べ物をサラッと自然に恵むに違いない。(ex.上田久美子先生)
それもきっと宝塚時代と変わらずに、人柄が次の出逢いを呼び寄せるような、そういう道を歩いていくんだろうな。

細かいツッコミ所はあれど、お話も面白かったです。
台風の避けるために入ったホテル。
話の流れでひとつのスイートルームに泊まることになった二人…お互い婚約者、妻、子供がいる身。
そうとわかっていながら惹かれ合う。
言葉にしなくても同じ気持ちでいるのがわかる。
「じゃあ、5年後に同じ部屋で」
約束を交わす二人。

爽やかな、ドロっとしない、不倫だね!
5年毎に会う約束を交わし、20年越しで結ばれる、という。
都合よく離婚し過ぎで、都合よく交通事故過ぎだったりするけれど、夢はある。またはトキメキ。

緒月さんは30歳の誕生日を機に、結婚をするスチュワーデスという役所。50歳まで演じるよ。
声、やっぱり凄くいいと思います。
なんだか海外ドラマの吹き替えとかすぐ出来そうな、女としての完成度の高さもあったと思う。
声優いけないかな?
恋をして、ときめいて、でも、その気持ちをそこそこ幸せな日常と照らし合わせて抑える緒月遠麻、ってたのしい。

基本、出会いから5年ごとの出来事を、二人がそれぞれ「誰か」に語る形で物語は進んで、その合間に再現として二人の会話が入る。
5年に一度の逢瀬。
抱き合うだけでキスもしない。
それでも縮まっていく二人の距離…を表現する元スチュワーデスの緒月遠麻、ってたのしい。

これまでは男ばかりだった緒月さん表現の中に、新しく女性を演じることが加わって、表現の幅がぐんと広がっていくだろうことが、もう単純に嬉しくて、楽しい。
こっち側にきたことで、私が本当に見たかった緒月さんに出会える確率が上がったのだと思う。
それがどんな役かは私自身もまだよくわからないのだけれど、男役後期より、いまの方がワクワクできるかもしれない。

だからやっぱり、緒月さん。
ようこそ、いらっしゃいませ!
待ってたよ!!

あと、来てくれて、ありがとう。

6/16 草枕

2015年06月17日
トラムの良さは小劇場なのに高さが出せるところだなぁ。
小泉今日子置いといて、冷静に、ほぼほぼ劇場のど真ん中から、全体をスッキリと見渡せました。

やだ、なんだろ、改めて、すごい、良い芝居だわ。

シスのプロデュース公演らしいです。
っていうのはイコールで北村明子さんらしいってことでいいのかもしれないな。そうだもんね。
ロビーにいる北村さんと、この芝居が持ってる雰囲気比べてみてくださいよ。

被るから(笑)

演劇の面白さ、演劇の力を信じる思いが根底にあるのが、わかるお芝居。
空気が凛としてて、綺麗。
遊びはあるけど、無駄はないしね。



今日、画工と一緒に歌舞伎や能狂言の世界に美を求めて旅するような感覚になれたので、すっごい気持ちよかった。

話の流れに合わせて丁寧に光を当ててるのもよーくわかったし、少し劇画化されたモノトーンの美術が戯曲の跳ねた感じと落ち着きにマッチしてるし、小泉さんがちょっと強すぎるかな?と思ったぐらいで、あとの役者さんは落ち着くばかりでブレないし、あぁ気持ちがいい!!

初日とは違い、ちょいちょい戯曲読んでから2回目を見たせいか、なんていうかこれをただ難しい話と言ってしまったら、もったいないなと。
このくらい跳んでないと、戯曲なんて面白くないわな。


汽車に象徴される「現実」「現代」に対する憂い、憐れを小泉今日子に背負わせて、そこで「美」を見せるなんて憎いことをしておられる。
あんなちっこいのに、この人には、北村さんが書いた世界を背中だけでこちらに見せる、そういう深さや広さや透明さがあるんだよなぁ…
改めて掴みきれない小泉今日子に喜びを感じつつ、困ってしまった。



もう最近困りまくってるから、これ以上困らせないで(笑)

6/5 草枕

2015年06月05日
「この腕、青磁の皿に盛りましょうか。」


扇田さん。
扇田さんがお好きかどうかはわかりませんが、またひとつ素敵だなと思えるお芝居が幕を上げましたよ。

地元の街中をiPhone片手に歩いていて、見る必要もないのにページを開いたTwitterで扇田昭彦さんの訃報を知った。

…え?

と、ただその場に立ち止まった。

ご挨拶だけはしたことがあったかもしれない(もちろん向こうは覚えていない)、でも、とにかくこの10年、何度も何度も何度も劇場でそのお姿を見かけた。
色んな演劇を見てみたくて、なんだかんだ手元に集まったNHKが放送した舞台映像には、芝居が始まる前に扇田さんとゲストとの対談があって、単語や人名、劇団名、色々わからないことだらけだったけど、演劇に詳しくなりたくて、わからないながら話に耳を傾けた。
野田秀樹に出会った野田地図第10回公演『走れメルス〜少女の唇からはダイナマイト!〜』のパンフレットの中で野田さんと対談をしていたのも扇田さん。
ひねくれ者の野田さんが扇田さんには、一目置いているのがその対談からもわかったし、そんなことは抜きにして扇田さんは穏やかで、芝居に対してとても的確だった。
このとき手にしたパンフレットには、今、野田さんにいただいたサインが入っている。
私の宝物だ。

亡くなってからでは遅かったけど、亡くなってしまったから、扇田さんの著書を手に取った。
60年代の唐十郎や寺山修司を追体験させてもらった。
観たくても、産まれてないし、観られなかった演劇を教えてもらった。
言葉にして書き留めてくれたから、その時代の匂いを嗅いだような心持ちになれた。
これからもきっとことあるごとに扇田さんが残した演劇への言葉に触れるんだと思う。

演劇を観ていく者の端くれとして、その愛情とか、公平さだとか、やっぱり愛情だとかを、私もまた心の中に持っていたいです。

ご冥福を心からお祈りいたします。

そして、私は私が観た舞台を、劇場という空間で、時が流れ、消えゆく定めの芸術が、一体どんなものだったのかを、私なりに書き留めておこうかな。

満州の先には『エッグ』がある。
人が現実という汽車に乗せられ、均一の速度で移動し、個々を失い、番号になった先には『エッグ』がある。
『草枕』の戯曲が載った号の悲劇喜劇の特集は「演劇と戦争 いま思うこと」でしたよ。

いっぱいね、『寿歌』、『寿歌』って北村さんの名前と共に「明るい虚無感」って扇田さんの本の中に書いてあってさ。
「あぁ、あの『寿歌』を書いた方だもんな」と思って見ていたわけですよ。
『寿歌』では核戦争後の荒れ果てた世界に生き残った人が描かれていて、じゃあ『草枕』は?って思うと、こういうことかな?って。

北村さんは、漱石の草枕の世界と今を綯い交ぜにして、混ぜたことで、「今」を浮かび上がらせた。

危機感。

これ以上向こう側に進まないようにする強さはどこにあるのか。
強さの前には誰かを憐れむ心がある。
その憐れむ心が持てたとき、その心を向ける相手に見せる顔は、自分が自分で持てばいい。
そこに「美」がある。

だから、卓も、那美も、小泉今日子も、最後、私たちには背を向ける。
こちらは向かない。
「美」は己で持て、と。

そんなことが、段田安則演じる美を探す画工と、その画工が逗留する宿の若女将、那美(小泉今日子)、満州へと招集される久一(山田悠介)やら、浅野さんの5役かな?演じ分けやら、住職の大徹(春海四方)やらの登場人物がいる中で語られていく。

小泉さんは、その顔が、一向にして定まらないところが素敵。
画工が追い求める美がなんなのかわからないように、那美も画工の前で次々と顔を変える。
妖艶、無邪気、狂気も孤独も内に宿し、詩的で知的、でも可愛いの。
ふふっ、小泉今日子でしょう。

和装でよかったなと思いました。
腰が据わって、重心が下がるからか、舞台の上での佇まいが物凄く落ち着いたように感じたし、だから歩き方も、立ち止まった姿も綺麗だった。

この『草枕』で舞台女優の小泉今日子は一度、ある一定の地点に到達するのではないかと、キャストが発表された時から思っていて、それはやっぱり確かだろうなと。
第一声で段田さんに負けてないのも、大したものだと上から目線で褒めたくなるし、佇まいだって変幻自在の浅野和之に立ち向かえてるよー。褒めたいー。だって素敵だもーん。

到達したら、この後しばらく舞台やらなくなっちゃわない?って思ってなんか寂しいんだけど、2年に1度ぐらいは、武者修行に出てきてくださいませ。
酸いも甘いも噛み分けたからこその凛とした姿は、いまの私の憧れです。
若い男に「死んでおいで。」と言えてしまう女。
いい女だな。

こんな大好きな小泉さんだけでなく、段田安則と浅野和之を同じ舞台で観られるなんて、贅沢だなぁと野田ファンはしみじみと思いました。
画工が度々、誰に向けるでもなく発する言葉の先には、おそらく私たちがいるわけで、そういうところからも警鐘を鳴らすお芝居だと感じられるけれど、その音の中には軽さもある。

シーソーみたいに揺れ動くシリアスと笑いのバランスを操るのが浅野さん。
そこにひょいと乗ることができる段田さん。
日本演劇の宝っす。
ええもん、観させていただきました。
洒落たおじ様たちです、本当に。


「この腕(かいな)、青磁の皿に盛りましょうか。」

この台詞聞いて思わずニヤけました。
画工と羊羹と那美の艶っぽいやり取り。
相手がこう来たなら、私は更に。と躊躇なく速度を上げた那美の言葉の速さがたまらなく好きだった。
スピード出せる小泉今日子が好き。
さすが元ヤン。


扇田さんが観てきて、私が観られなかった舞台はたーーーーーくさんある。
これから先、私が観る舞台は全て、扇田さんが観たくても観られなかった舞台になっていく。
死んだらこの世の舞台は観られないのかなぁ。
死人特等席とか実はないのかなぁ。
あるかどうか現時点では定かでないので、生きてる間は、とにかくちゃんと観ていこうと思います。

そんな思いで『草枕』。
「智に働けば角が立つ。情に棹せば流される。 意地を通せば窮屈だ。兎角にこの世は住みにくい。」
だってさ。
住みにくくとも、生きてると芝居観られるしね。
美を追い求めなければ。
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